第59話 どこかに癒やしの魔法を使える方はいらっしゃいませんか?
王国歴162年10月21日 朝7時 宿 レオンシュタインの部屋にて――
朝、目覚めたレオンシュタインの左肩が妙に重い。昨日、新たに同行するメンバーが1人増え、宿屋でも一悶着があり、床についたのは深夜になってからだった。部屋に入ってすぐにベッドに倒れ込んでしまったレオンシュタインなのだ。
(疲れたのかな)
「ん?」
耳元から微かにベルガモットの香りを感じる。あくびをしながら左側に顔を向けると、褐色の肌に銀髪の少女が目を瞑ってすうすうと眠っている。
ヤスミンだ。
悲鳴にならない悲鳴をあげながら、ベットから逃げようとするレオンシュタインだったが、左腕がヤスミンの下になっていて逃げ出すことができない。しかも、少し動いたことでヤスミンの腕がレオンシュタインを抱きしめる形になり、顔がますます近くなる。
その瞬間、部屋のドアが開いた。
「レオン、おは……(怒)」
勢いよくレオンシュタインの部屋に入ってきたティアナは、すぐに戦闘態勢に入る。
「ティア!! これは、その……違う!」
「昨日はずいぶんお楽しみだったようですね。レオンシュタインさま」
『さま』をつけるとき、ティアナの機嫌は最悪で、室内の空気が急激に乾燥するのが分かる。
そうとも知らず、ヤスミンは眠そうに目を開けた。
「マスター……。もう少し一緒に」
「マ、マスター?」
ぎゅっと抱きしめてくるヤスミンにレオンシュタインは真っ赤になる。ティアナの仮面は対照的に真っ青になった。
「あんた! 何してんの、離れなさいよ!」
ティアナの怒鳴り声をものともせずヤスミンはレオンシュタインの首に手を回す。
「昨日、素敵だった……」
「は? 何がでしょうか?」
レオンシュタインの声が裏返る。
「あんなの初めて」
「はい?」
その瞬間ベットの上が焼け焦げ、ヤスミンは空中で1回転し窓のそばにとんと立つ。レオンシュタインはベットの上で感電したままだ。荒々しくレオンシュタインの側に歩いて行ったティアナは尋問を開始する。
「初めて何をされたんですか? レオンシュタインさま」
口元は笑顔のように見えるが口調は恐ろしい。
「何も覚えていない。何もしてないよ」
レオンシュタインは感電しながら、うろたえている。
「そんな訳ないですよね。男女が二人きりで」
怒りと恥ずかしさが入り交じった声になったティアナは、口ごもりがちに問い詰める。仮面は真っ赤だ。
「ティア。何もないよ。気がついたらヤスミンが」
その瞬間、ヤスミンは自分の顔を手で覆いながら言い放つ。
「マスターが無理矢理私を……」
「この変態!!!」
全身が麻痺するくらいの電流が身体に流れてくるのをレオンシュタインは感じた。朝から魔法を食らい、ため息しかでない。
「マスター! 大丈夫か?」
いやいやヤスミン『大丈夫か』じゃないよ、と思いながらもレオンシュタインは動けず話せない。
「かわいそう」
そっと抱きしめてきたヤスミンを眺めながら、こうなったのはあなたが原因なんですよ、と突っ込みたいレオンシュタインだった。
すぐに二人を引き離したティアナは、気になっていたことを尋ねる。
「あなた、レオンシュタインに、その……無理矢理されたんでしょ?」
いたずらっぽく笑ったヤスミンは、即座に否定する。
「それは夢の話」
「え?」
「お前、勘違い」
そう言うと長居は無用とばかりに、さっさと部屋を出て行ってしまった。それを追いかけるようにティアナは部屋を出て行く。
後に残されたのは、レオンシュタインとイルマの二人だった。
その時、レオンシュタインはイルマの様子がおかしいことに気付く。イルマは笑おうとするものの、上手く笑顔が作れず、それどころか目に涙が浮かんでいる。
とりあえず椅子に座るようにレオンシュタインはイルマに話すと、素直に椅子に座り、じっとレオンシュタインを見つめている。
「イルマ。どうしたの?」
意を決したようにイルマは話し始めた。
「主。私は主の部屋にヤスミンが進入するのを防げなかった。今まで保護・警備には自信があった。でも、アサシン相手に全く通用しないことが分かった。用心棒、失格だ」
レオンシュタインは、その言葉の厳しさに驚いた。これまで自分を保護してくれたイルマの働きを、レオンシュタインは誰よりも知っていた。それを誇ることもなく、いつも影のように自分を守るイルマに感謝こそすれ、非難など一度も思ったことはない。
「私は探知の魔法を使えるけど、ヤスミンを捉えることができなかった」
俯くイルマはいつもの明るさがなく、今にも涙がこぼれ落ちそうな表情だ。何かを言わなくてはいけない、とレオンシュタインは強く思う。
「今まで自分が無事だったのはイルマのおかげで、何の落ち度もないよ。もし、探知魔法に納得できないなら、ティアみたいに学びに行ったらどうかな?」
相変わらずの物言いにイルマはようやく笑顔を取り戻す。それを見たレオンシュタインは、ようやくほっとしてイルマの肩に手を乗せる。
「いつも守ってくれてありがとう、イルマ。心から感謝してる」
それを聞いたイルマは、肩に添えられている手に自分の手を添え、そっと頭をつけてくる。
「ありがとう、主」
レオンシュタインの手を握りしめたイルマは、それを自分の頬につける。
ん?
意外な展開になりそうでレオンシュタインの胸に戸惑いの感情が広がる。
「明日から、私が主の部屋に常駐します。寝るときも一緒です。いいですね」
「いいわけないでしょ!」
バタンと大きな音を立てて、ティアナがドアから入ってくる。
「ヤスミンといい、イルマといい、ほんとにもう」
嘆いているティアナに続き、バルバトラスとフリッツが部屋にやってくる。
二人の取りなしで、ようやく事態が落ち着き、全員で朝食をとることができたのだった。
§
ディベルツの町では、馬を休ませること、ヤスミンとイルマの剣の練習、イルマの探知魔法の練習と、合計で10日間の滞在となった。
特にイルマがヤスミンから探知魔法のこつを聞いてからというもの、イルマの探知能力は向上していた。
「まあ、これで主を守れるかな」
出発の前日のイルマの笑顔が、この町の一番の思い出になったのだった。




