第57話 褐色はお好き?
「本当にごめん」
その少女の髪はふわっとしたセミロングで、銀色と白が混じっているため遠くからでもよく目立つ。目は大きく、やや上がり気味の眉毛が意志の強さを感じさせる。身長はレオンシュタインの肩と同じくらいで、幼い顔つきと胸のアンバランスが魅力を高めている。
通りを歩けば誰もが振り返るような、褐色の肌をもつ美少女だった。ただ、レオンシュタインはその容姿を喜べない。
(ああ~。これはないな……。こんな綺麗な女の子は、ぼくには相応しくない。いったい、いつになったら相応しい女の子が現れるんだろうな)
少し沈みがちなレオンシュタインをよそに女の子は話を続けてくる。
「今まで弟のために生きた。これから……お前のために生きる」
ティアナの仮面の目がぎらりと光を放つ。
「は?」
「お前について行く」
ティアナの頭から怒りの電光が発せられる。黒い仮面が青く見えるくらい光が反射し、ティアナの周りの空気が乾いてピリピリする錯覚を覚える。
「盗賊と一緒に旅なんて、何の冗談?」
「大丈夫」
「大丈夫な訳ないでしょ。毎日、落ち着かない!」
ティアナを指さしたまま、少女はきっぱりと宣言する。
「お前ではこいつが心配。現に金を盗られている」
「お前が言うな!」
「言う。私なら盗らせない」
ティアナの全身から雷光が発せられ、明らかに上位魔法を発動するつもりだ。このままでは、町に被害が出かねない。ティアナの肩を掴んだレオンシュタインは、必死になだめつつ少女に尋ねる。
「弟さんはいいのかい? 病気の時に誰かが側にいないと悲しいだろう」
それを聞き、ややうつむき加減になる少女だったが、すぐに顔を上げる。もう決めたのだと口元が結ばれている。ずっと看病してくれた姉に、自分の人生を生きてもらいたいと話した弟だった。何年も弟のために無理をして生きてきた姉に思うところがあった。
それでも躊躇する姉に、いろんな国の話を聞かせてほしいとベッドから手を伸ばし、背中を押してくれたのだった。
「君の名前は?」
「ヤスミン」
「ヤスミン、1つだけ約束してほしい。もう誰のお金も盗らないでくれ」
レオンシュタインはヤスミンに強い口調で話しかけ、その真剣なまなざしにヤスミンは守ることを誓う。
「盗みは止める。お金を稼ぐ」
「えっ?」
「この町は稼げない。別の町でお金を稼いだら少しずつ返す」
少し安心したティアナは雷光を収めつつ話しかける。
「そう、今まで迷惑をかけた人にお金を返すために一緒に行くのね」
ためを強調しながらティアナは答え、ほっとした口調になる。レオンシュタインは喜んで一緒に行こうと誘っていた。
「それに」
レオンシュタインを正面から見つめたヤスミンは、ややうつむき加減で話を続ける。心なしか頬が赤い。
「お前の……マスターの……世話をする」
「マ、マスター?」
ティアナの近くの木に突然、雷が落ちる。口調はいたって冷静なままティアナは返答する。
「いいえ、レオンシュタインさまのお世話は私に一任されております。どうぞ、お気遣いなく」
抑えた口調を聞きレオンシュタインは心中穏やかでいられない。レオンシュタインの目を見つめながらヤスミンは側に寄り、両手でレオンシュタインの右拳をそっと包む。
「ずっと側にいる」
その瞬間、轟音が響き、川の水面もビリビリと揺れ、周囲の木々がすべて倒れ、地面のクローバーはすべて炭化して空中に舞い上がる。見るとティアナの髪の毛が空中に逆立ち、手に稲妻が光っている。けれども、ヤスミンは全く動じず、右手でレオンシュタインの頬を優しく触っている。
「おまえ。褐色の女、嫌いか?」
「い、いや、嫌いかって言われましても」
動揺しているレオンシュタインは、助けを求めて周囲を見渡したが、頼みのティアナは激怒したままだった。
「あいつより女らしい」
ティアを指さしながら、ヤスミンはレオンシュタインにさらに接近する。
「お子さまが何言ってんの!」
すると、心外とばかりにヤスミンは頬を膨らませる。
「お子さまじゃない。19!」
「ええ~?」
レオンシュタインとティアナは大声を出していた。どう見ても中等学校の子にしか見えない。ふふんとドヤ顔をしたヤスミンはさらに距離をつめてきた。
「胸。大きいって言われる」
「そこまでよ」
二人の間に強引に入り込んだティアナは、二人を突き飛ばすように離す。ヤスミンから離れようと思ったレオンシュタインは、慌てすぎて足がもつれてしまう。倒れたまま思うことは、もはや厄災が避けられそうもないということだった。
「正体を現したわね。盗人家業が生業なら、男を手玉に取るのも訳ないはずよね」
「そんなこと、しない」
「嘘! 『慣れてます』って雰囲気出しといて、何言ってんの!!!」
もはや何の話をしているのかレオンシュタインにはついていけず、少しずつ後ずさりをする。二人は向かい合いながら、互いを罵っている。
「胸がない女に言われたくない」
「あるわよ。すっごい綺麗なのが」
「あの崖より、垂直」
その瞬間、その指さされた川向こうの崖が轟音とともに崩れ落ちてしまう。ティアナの上位魔法が、崖の周辺をすべて破壊し尽くし、周囲に土が焦げた匂いが漂ってくる。もう、この混乱を収めるすべはないと思ったレオンシュタインは、すぐさま立ち上がり、逃げ出すことにした。
「レオン!」
「マスター」
二人とも同時に声を出し急いで後を追う。逃げながら「普通の旅がしたかった」とレオンシュタインは痛切に思う。
一人は傾国の美女、一人は褐色の美少女。前途を思うと多難しか感じないレオンシュタインだった。




