第56話 レクイエムそして再会
――レオンシュタインには一人、妹がいた。
名前はカチヤ。
栗色の髪に黒い瞳をもつ可愛らしさが評判の女の子で、伯爵家で唯一、レオンシュタインの味方だった。伯爵家で大切に育てられていたと過去形で話すのは、2年前に流行病で亡くなってしまったからだ。
その時のレオンシュタインの悲しみ方は尋常ではなく、しばらく側に寄るのも怖いくらいだったとティアナは記憶していた。カチヤが生前、レオンシュタインのそばを離れなかったように、レオンシュタインもずっとカチヤのそばを離れなかった。
レオンシュタインのバイオリンの才能に気づいていた1人だった。
――
女の子が走り去っていった街の広場で、レオンシュタインは黙ってバイオリンを取り出すと静かに弾きだした。
カチヤが亡くなったあとに作曲したレクイエムだ。
木組みの家の壁に音が沁み込んでいくように、悲しく優しく音が流れていく。夕暮れの街の空に輝く星が少しずつ増え、1日が終わる寂しさがより強く胸に迫る。ディベルツの街の人たちは、その美しい調べに惹かれレオンシュタインを遠巻きに眺めている。
それを全く気にすることなく、レオンシュタインの演奏は続いていく。喪失の悲しみの中に『安らかに』という祈りを込めている。
「しょうがないな。また、宿屋か食堂で働こうかな」
曲を弾き終えたとき、ティアナがレオンシュタインに提案する。バイオリンを丁寧にしまい込みながら、レオンシュタインは感謝の意を伝える。
と、その時レオンシュタインが大きな声を出す。
「ティア! ケースに銀貨が1枚入ってました!」
「え! ラッキーだね」
すると、レオンシュタインがまじめな顔になる。
「ほら。何とか、なったね」
いやいや、それは違うと言いたかったティアナだったが、本当にそうかもしれないと思い直す。
天国からカチヤ様が届けてくれたとすれば、すべて丸く収まりそうだった。でも、1つだけ解決できないことがある。
「フリッツさんの支払いをどうするかな」
「ひたすら頼み込んだら?」
そんな二人を遠くで見守る小さな影があったのだが、二人はそれに気がつかず、影は石畳の上を走っていったのだった。
いい考えは浮かんでこないが、まずは休みたい。宿屋に戻り、夕食もそこそこに2人はすぐに寝てしまうのだった。
§
翌朝になっても、いい考えは浮かんでこなかった。正直者のレオンシュタインは、フリッツになかなか言い出せない。食堂は、いつもと違いしんとした朝食になる。
「レオンさん、昨日、何かあったのですか?」
フリッツから問われて、ティアナと目を顔を合わせたレオンシュタインだったが、何と答えて良いのか分からない。口の中で言葉を濁し、そのまま食事を終わらせてしまった。訝しげにレオンシュタインを見つめていたフリッツだったが、あえて理由を聞かずに雑談へと会話を切り替える。
結局、この日はそれぞれが自由に過ごすことに決まり、レオンシュタインとティアナは連れだって街に行くことにした。護衛役のイルマは同行を提案したが、レオンシュタインがやんわりと断る。
「イルマ、ごめん。今日はティアナに護衛をしてもらうから」
「主。私は主の力になれないか?」
寂しそうな表情を浮かべたイルマは、レオンシュタインに目で訴える。
「いや! そんなことない! ……ただ、今日はごめん」
「主、相談してくれるのを待ってるよ」
レオンシュタインを後ろから抱きしめ、イルマは優しい声になる。抱かれたままのレオンシュタインは、ただ繰り返し謝っていた。さりげなく抱きつくイルマにイラっとしたティアナだったが、これからの心配が気にかかり、黙って立っているのだった。
宿を逃げるように走り出たレオンシュタインとティアナは、町の中央市場まで来ると、昨日の銀貨で林檎を2つ買う。互いに1つずつ手に持ちながら、空いているベンチを見つけて腰掛ける。
「ティア。やっぱり言えなかったよ」
「……うん」
ティアナも何と答えたらいいのか分からない。しばらく林檎を囓りながら二人はぼんやりと市場を見ていた。
何分たったろうか。
突然、昨日の少女がふわりと目の前に現れたのだ。頭から顔にかけて薄い青のターバンを巻き、薄い茶色の旅装を身につけている。
「お前を追ってきた。心配」
ティアナとレオンシュタインは顔を見つめる。レオンシュタインは気になっていた弟の病状について尋ねる。
「峠を越えた。ありがとう」
レオンシュタインは微笑み、心から喜ぶことができた。また、少女はもらった金貨で、弟を救護院に入れることができたと話してくれた。今まで住んでいた場所は清潔さが足りないと言われていたらしい。そのため、3年間、療養することに決め、もらった金貨を全て渡したとのことだった。
驚くレオンシュタインたちを尻目に、昨日盗んだ袋をザックから取り出した少女は、黙ってそれをレオンシュタインに差し出すのだった。
「これ、返す」
頷きながらそれを受け取ったレオンシュタインは、優しい眼差しで少女を見つめていた。すると、少女は頭のターバンを後ろにはね除けて、姿勢を正していた。




