第50話 教会で行進曲ってどうなんだ?
王国歴162年10月18日 18時頃 ケイトの教会にて――
2曲目が終わり、休息が終わると、レオンシュタインは自分が一番好きな曲を弾くと宣言する。
「『ディストラーダ』より序曲、です」
30分を超える難曲で、いい曲だが長すぎるとティアナは心配した。ティアナの様子に気がついたイルマは側に行き顔を近づける。
「どうした? その曲、ダメなのか?」
「ダメじゃないけど30分を越えるのよ……」
「みんなの顔を見てみろよ。聞く気、満々だぞ!」
イルマが親指で示した方には、演奏が始まるのを今か今かと待っている人たちでいっぱいだった。
「ティア、大丈夫!」
当のレオンシュタインは自信に溢れた表情で言い切った。ノリノリに乗っている。バイオリン一本で、どのようにまとめるのかティアナには分からないが、きっとやるだろう。
天才だから。
みんなに曲名の紹介をしたレオンシュタインは、すぐにバイオリンを奏で始めた。
この曲はのどかな故郷、戦争の悲惨さ、復興と生きる喜びをテーマにしており、比類がないほど美しい旋律が特徴だ。しばらくすると町の人たちは、えっ? これって俺たちの町のことかなと互いに顔を見合わせる。
ティアナも、旋律が町の景色そのものを表していると感じていた。町の人たちは嬉しそうに顔を輝かせる。
しばらくすると曲は戦争の不安さ、悲惨さを伝える旋律へと変わる。この町でも6年前に防衛戦争があったはずで、大人はそれを思い出し不安げな表情になる。
その戦争の旋律が終わり平和が訪れた旋律に変化すると、みんな、ほっと安堵のため息をつく。最後の行進曲の演奏になると人々の感情は爆発してしまった。その場に立ち上がり拳を振り上げている。
レオンシュタイン1人しかいないのに、オーケストラが周りに見えるようだ。
最後の小節を弾き終わるとともに、勝利の雄叫びが教会内に響き渡る。
「ウラー!」
「ショーン!」
大きな声とともに大きな拍手が響き渡った。教会で行進曲はどうなんだとティアナは突っ込みたかったが、みんなの笑顔を見るとそれもありかと考え直す。
今日の「いきなりミニコンサート」は大成功だった。
50人に囲まれて賞賛されているレオンシュタインを見ればそれが分かる。ティアナ自身、今まで聞いた中で一番素敵な「ディストラーダ」だった。風景が見えるようで、昨日までとは明らかに違った音色なのだ。
「ありがとう。ありがとう。音楽ってこんなに素晴らしいものなんですね」
「兄ちゃん、音楽っていいな」
「どうか、私にバイオリンを教えてください」
人々に囲まれながらレオンシュタインはとても嬉しそうだ。それを見てティアナも嬉しくなる。レオンシュタインの才能は本物で音色でみんなを幸せにできるのだ。
「レオン! とってもいい演奏だったよ。本当に」
「自分でも納得の演奏ができたなあ」
レオンシュタインは屈託なく笑っている。そこにケイトがやってきた。
「レオンシュタインさん、今日は素晴らしい演奏をありがとうございました」
ケイトさんも満面の笑みで、心なしか顔も赤い。満足げにケイトに笑いかけたレオンシュタインは頭を下げてお礼を述べる。慌てたように目をそらしたケイトは、手を前に組んで黙り込んでいたが、やがて意を決したように話し始めた。
「レオンシュタインさんは、この町に住むつもりはありませんか? 毎週、教会で賛美歌を弾いて欲しいんです。きっと、みんな喜びます」
レオンシュタインは、まんざらでもなさそうな顔をする。けれども、ティアの全身から光が発し始める。
(これは、まずい)
明らかにティアが怒っている。無言なのがいっそう恐怖を高めている。
なぜ?
「いいえ。ありがたい申し出ですが、私は修行中の身ですので」
「そ、そうですか」
ケイトはずっとレオンシュタインを見つめていて、その様子をティアナは無言で見つめている。3人の様子を楽しそうに眺めていたイルマは、ニヤニヤを抑えられない。ケイトは諦めたように、ほうっと息をつく。
「宿泊も今日で終わりなんですね。名残惜しいですが、いつでもこの教会に立ち寄ってください。いつでも門は開いておりますから」
「ありがとうございました。シスター」
後ろではティアナがずっと不気味に黙ったままなのだった。




