第47話 どっちが盗賊かな
王国歴162年10月18日 15時頃 エイムハウゼンに向かう街道にて――
快適な馬車の旅を続ける中で、レオンシュタインはフリッツとの会話に夢中になっていた。会話をすればするほど自分の世界が広がっていくことを感じる。レオンシュタインは、これまでどれだけ狭い世界で生きてきたのかを痛感する。
そんな中、レオンシュタインはあることが気になり始めていた。
自分たちとは違い、疲れた顔で旅をしている家族連れが多いのだ。父親は大きなリュックを背負い、母親と子供たちは持てるだけの荷物を持って歩いている。みな痩せ細った身体でフラフラと歩いている。服だってボロボロだ。
住んでいる土地から逃げてきた人たちだとフリッツが教えてくれる。
「シュトラント領から逃げてきたのかな?」
御者台に座っていたフリッツはそれを肯定した上で、隣のコムニッツも似たようなものだと教えてくれる。
「そんなにシュトラントは暮らしにくいんだろうか?」
「先代の伯爵よりも税金が高くなっています。各地で農民の反乱が相次ぎ、人心は離れる一方です。けれども、新しい伯爵は遊蕩三昧とのことです」
兄上たちがよい領地経営を行っていないことが悲しい。どうして逃げ出すほど酷いのか、レオンシュタインは考え込まざるを得ない。
「税金が高いこと。人材がいないせいだと思いますよ」
税金は分かるが人材がいないとはどういうことだろう。フリッツに尋ねるが、自分で考えてみてくださいと促される。馬車に揺られながら、レオンシュタインはその理由を考えてみた。
「派遣する代官がいない、ということだろうか?」
「優秀な補佐役がいないという意味です。部下は税金を上げることしか進言していないように思えます」
フリッツは明確に否定した。
「他の領土は違うのかな?」
「悲しいことですが、王都ですら似たような状態であると聞きます。海の向こうのグブズムンドル帝国でしたら状況が違うかもしれません」
王都ですらその状態とは暗澹たる気持ちになる。
ただ、よく治められているグブズムンドルという帝国にレオンシュタインはがぜん興味をもった。
「グブズムンドル帝国? 北の大国の?」
「はい。新しい帝王が善政を施しているようです。噂にすぎませんが」
馬車は、ぽくりぽくりと馬蹄を響かせて前へと進んでいく。
「フリッツはグブズムンドル帝国に行ったことがあるのか?」
「いいえ。あの国に行くためには、船に乗る必要があります。その代金がとても高価なのです。港をもつユラニア王国が、高額な港の使用料を課しているのがその理由です」
レオンシュタインの頭に疑問が浮かぶ。使用料さえ安ければ、もっと人の往来が見込めるのではないか。
その想像は前方の異変によって破られる。
「前方に賊が現れたようです」
さすがに慣れているようでフリッツは落ち着いた口調だった。
「時間をかけずに制圧したい」
レオンシュタインの言葉に、イルマはティアナの魔法の範囲内に賊をおびき寄せることを提案する。そのため賊を一カ所に集める必要があり、イルマは自分がおとりになると話していた。レオンシュタインは難色を示したが、それが一番危険が少ないとティアナに説得される。
「レオン。イルマを信じてあげて」
そうまで言われるとレオンシュタインも納得せざるを得ない。作戦が決まるとイルマはすぐに荷台からとび出していた。
「おい、お前らついてるぜ。女が荷台に乗ってやがった」
「しかも、もう一人いるようですぜ」
「俺らの日頃の行いがいいからだな、こりゃ」
賊は下卑た笑みを浮かべたまま、ゆっくりとイルマに近づいていった。
「おう、顔は分からねえがスタイルは抜群だ。6人くらい平気で相手をしてくれそうだな」
その瞬間、イルマは後背の左手で6を示す。賊が6人という合図だ。ティアナが荷台で詠唱を始めると、賊の上に黒色の雷雲が少しずつ広がり始める。賊の視線はイルマの胸に集中しており、空の異変には気づいていない。
詠唱が最終段階に入り、ついに雷の柱が自分たちの近くに落ちるのを見て賊は慌て始めた。
「いつの間に?」
「やべえぞ、こりゃ!」
逃げようとした瞬間、ティアナの詠唱が終わる。
「雷の嵐!」
電光が何本も空中を走り周囲の空気が急激に乾燥する中、ドシン、ズシンと小さな雷の柱が地面に落ち賊を囲む。やがて、バリバリという音をたてながら、数本の大きな雷の柱が賊の近くに落ち始める。
「お、お、お、お、お、た、すけ」
賊は感電してまともに話すことができず、その場にふらふらと倒れこんでしまった。ティアナが雷雲を消した瞬間、すぐ青空が戻ってくる。
「ティアナさん、凄いですねえ」
賊に近づきながらフリッツは感嘆の声を上げる。ティアナはそれに笑顔で答え小さく安堵のため息をつく。魔法を制御できたことは嬉しいが、まだ完全に制御しきれていない。
(発動までの時間が長かった。マーニおばあさんは、今の半分の時間で発動してた)
練習の必要性を感じたティアナだった。
6人の賊を眺めながら、フリッツはその取り扱いについてレオンシュタインたちと相談を始める。次の街まで連行し、幾ばくかの銀貨を得ることに魅力を感じたレオンシュタインだったが、賊と一緒に旅をするのは楽しくないし時間がかかる。
そこで木に縛っておき、定時の警邏隊に任せることにした。方針が決まるとイルマは賊の方にゆっくりと近づき、おもむろに剣を抜くと頭目の喉に突き付ける。頭目は冷や汗をかきながらイルマの剣先を見つめている。
「なあ、有り金を全部出しなよ。額によっては命を助けてやるからさ」
どちらが賊だか分からない。賊はすぐにお金を差し出し、全部で銀貨8枚が集まった。イルマは無表情のまま剣を振り上げる。
「残念、10枚以上だったら命を助けたんだけど」
頭目は待てと手を挙げ、部下に有り金を全て出すように厳命する。服の奥に隠していたものがいくつか出てきて銀貨が12枚となった。
「最近の盗賊はお金持ちだねえ」
そう言いながら剣を鞘にしまったのを見て、賊はあからさまにホッとする。ただしイルマは釘をさすのを忘れない。
「もし、次に私たちの前に現れたら容赦しない」
頭目は唾を飲み込み激しく頷き、他の賊たちも同様に頭を下げる。賊を近くの木に縛り上げ、出発することにした。
「銀貨12枚、悪くないね」
ジャラッと空中に何枚かを放り上げながらイルマは笑顔になる。2枚はフリッツに残りは自分たちの貯金に回すことにする。お礼を言うフリッツは美味しい夕飯を提供すると約束する。馬車は1時間ほど走り、一行はようやく目的地であるエイムハウゼンに到着したのだった。




