第4話 騙された二人
王国歴162年9月1日 首都クロートローテンの公園にて――
服を着替えたし、もう石を投げられないだろうと二人は考える。
ただ首都クロートローテンでは、レオンシュタインのことを見知っている誰かが危害を加えてこないとも限らない。早急にピルネまでの行き方を知りたい。古着屋の近くを歩いていたお婆さんにレオンシュタインは急いで走り寄っていく。驚きつつも優しい顔になったお婆さんは、何の用かと尋ねていた。
「ピルネの町へ行きたいのです。南でいいのでしょうか?」
南を指差しながら、お婆さんは5時間ほど歩けば町に着くと教えてくれた。二人は礼を言い、街道に沿って南に向かって歩き始める。その姿をお婆さんは笑顔のまま手を振って見送るのだった。
「婆さん、何してんだ?」
二人が去った後、紙に白いモノが混じり始めた中年男性がお婆さんの側に歩み寄る。
「いや、貴族くさい男と召使いがものを尋ねてきたんでね。ま、ちょっとだけ意地悪をしてやったのさ」
「へえ。貴族がねえ。じゃあ無理もねえやな」
お婆さんの顔から優しげな表情が消え、険しい顔つきになる。
「二人の息子は昨年の兵役でどっちも帰ってこなかった。重税を課すシュトラントには恨みしかないよ。いくら領主でも、あんまりだ」
憎々しげに言葉を吐き出すお婆さんの背中を、男は優しく撫でながら一緒に町へ戻るのだった。
そんなこととはつゆ知らず、二人は町外れへと跳ねるように歩いていく。美味しそうな焼き鳥の匂いや、熟した林檎や梨の匂いは消え、土の匂いが強くなる。
灰黒色の城門が近づくと、二人は自然に門を見上げて口を開ける。こんなに大きな門だったろうか?
門番に通行料を支払ったレオンシュタインは、通り抜けようとしてふと立ち止まり城門にふれる。
黙ったまま目を瞑り、ずっと動かないレオンシュタインに近づいたティアナは、次の瞬間ドンと背中を押していた。
「ほら、元気出して!」
門の外へ足を踏み出した瞬間、期せずして二人は歓声を上げる。太陽の光がキラキラと眩しく、目を細めると、まっすぐな黄白色の道が南の地平線の向こうまで続いていた。道の両側に広がる草原や牧場の緑は鮮やかで、爽やかな空気を二人は思いきり吸い込んでいた。セイヨウシナノキが立ち並び、小さな日陰を作って涼を提供している。
9月の日差しは容赦なく二人に降り注ぎ、気持ちがよかったのは最初だけで、2人の額には大量の汗が流れ始めていた。太陽は西へ移動していくけれど、行けども行けどもピルネの町は見えてこない。もはやセイヨウシナノキの木立は消え、うっそうとした木々が道の両側に広がっている。
疑問を感じたレオンシュタインは近くを歩いていた巡礼団の男に話しかけた。けれども黒い仮面の少女がそばにいるのを見ると、男はさりげなく離れていってしまう。
話しかけること22組目にして、ようやくレオンシュタインと会話をしてくれる人が現れた。巡礼団のリーダーが馬を止め、全体に休憩を命じる。
「実はピルネまで行きたいのです。あと何時間で着きますか?」
荷台の男は何言っているのか分からない、という風に首をかしげる。
「何時間だって? ピルネだったら大人の足で早くて3日、急がなければ5日はかかるよ」
レオンシュタインの顔がみるみるうちに青ざめ、あのお婆さんの笑顔が脳裏に浮かぶ。その様子を見かねたのか、リーダーは運転席からとんと降りてレオンシュタインとティアナの前に立つ。
「お二人さん。俺たちの巡礼団と一緒に町まで行くっていうのはどうだ? 寝床とご飯を提供するよ。雑魚寝になるけど二人きりの野宿より安心だ」
隣に座っていたおかみさんもリーダーの言葉を引き継ぐ。
「一緒に行きましょ。五日間、ご飯込みで一人銅貨80枚にしとくよ」
安いと思ったレオンシュタインは、ゴソゴソと袋の中から銀貨1枚(約1万円)を探して差し出した。
「決まりだ! 俺はビコー。よろしく」
「レオンシュタインです。よろしくお願いします」
握手を交わす二人の様子をティアナも嬉しそうに見つめている。
「じゃあ、二人とも隊列の一番後ろを歩いてくれ」
二人が後ろに移動するのを見届けると、巡礼団は石畳の街道を再び歩き始めた。ティアナの黒仮面にギョッとした巡礼者たちだったが、ビコーが問題ないと何度も話したおかげで黙認の雰囲気が広がっていた。
巡礼団の歩くスピードが予想以上に速いことに二人は驚きと疲れを隠せない。
西側に連なる山々が朱色に染まり、空に一番星が青白く光り始めた頃、何とか予定の宿泊場所までたどり着いた。
「ようし、今日はここで休むぞ!」
土がむき出しのままの川岸に誘導したビコーは、近くに落ちていた木の枝を拾い集め始める。それを組み上げて火をつけると暖かなオレンジ色の空間が広がった。
「じゃ、二人の寝床はここだ。あと、これが今日の晩ご飯」
焚き火から少し離れた木の下に寝る場所が設けられており、暖かくビコーたちにも近いので二人は安心して腰を下ろす。
二人は受け取った握り拳大のライ麦パンと青みのあるトマトにかぶりついた。疲れた身体にトマトの甘さと酸っぱさが染み込んでくる。ライ麦パンは舌触りがぼそぼそで酸っぱさを感じたが、疲れた身体には美味しく感じる。
パンもトマトも、空腹の二人には何よりのご馳走に思えたのだった。
辺りはすっかり暗くなり、焚き火だけがレオンシュタインたちを薄赤く照らす。食事を終えた二人は、寝床に寝そべり手足を伸ばす。横になるのと同時にすぐに小さな寝息を立てて、二人は眠りについた。様子を見に来たビコーが無防備に眠っている二人を見て驚いてしまう。
「こんな若い二人がなあ。無防備すぎて盗賊にやられないか心配だ」
「運が良かったわね」
「明日から常識ってやつを教えないとな」
「ええ。この若さで旅行なんて、訳があるんでしょうから」
二人を見守る位置にビコーたちは寝床を作り、集めておいた枝を焚き火の中に放り投げる。パチパチという音とともに、火花が真っ直ぐ夜空に登っていく。
空には月もなく、小さな青白い星が巡礼団の上を祝福するように光るのだった。




