第3話 教会のお告げ
王国歴162年8月31日 シュトラント伯爵領 首都クロートローテン シュトラント城の門にて
翌朝、二人は誰も見送る人もいないまま城門前にぽつんと立っていた。見送ってくれたのは門番のお爺さんで、ついでに言うと餞別の銀貨200枚もお爺さんから渡されたのだ。
先ほど階段を下りていた二人は1階の廊下ですれ違ったメイドから、
「邪魔者が二人もいなくなって清々するわ!」
と、ありがた過ぎる言葉を受け取っていた。その吐き捨てられた言葉が城の最後の思い出となった。
城門を一歩出た瞬間、色鮮やかな景色がレオンシュタインの目に飛び込んでくる。3人の幼女が甲高い歓声を上げながら石畳の道を走り回っている。横の路地に目をやると10歳くらいの女の子がチョークで道に大きな馬を描いている最中だ。
平然と歩いているティアナを横目で見ながら、レオンシュタインは物珍しさに立ち止まらずにはいられない。
「レオン、これからどうしよっか?」
レオンシュタインの楽しげな様子を見ながらティアナは小さく含み笑いをする。すると、レオンシュタインは教会に行くときっぱりと告げたのだ。
「教会?」
「旅の無事を祈りたくて」
ティアナはそんなものかとレオンシュタインの後をついて歩く。すぐ近くには、大きな2つの塔を備えたフラウエン教会がそびえ立っている。
中に入ると二人は白い祭壇前のベンチに座り、旅の無事を真剣に祈る。同じく祈りに来ていたお婆さんがティアナの仮面にギョッとして固まるのを見て、レオンシュタインは心を痛めてしまう。
(やっぱり仮面は嫌われるのか)
ティアナが外へ出ようとした時、レオンシュタインは告解室へ行ってくると告げ、一人で奥へと進んでいった。告解を聞くわけにもいかないティアナは、外で待ってるとそそくさと教会の出口へ向かう。
告解室の中で、レオンシュタインは罪を告白しようと心の準備をする。すると目の前の小窓が開き、シスターの声が響いてきた。
「神のいつくしみを信頼して、あなたの罪を告白してください」
若い女性の声に動揺するレオンシュタインだったが、両手を組み、小さな声で話し始めた。
「私はこれまでお見合いで10回連続、お断りされています」
「じ……10回ですか?」
「はい」
シスターの動揺をレオンシュタインは感じ取り、それがまた悲しい気持ちを呼び起こしてしまう。
「そのたびに女性によい感情を持つことができませんでした。罪をお許しください」
シスターは一つ咳払いをすると、
「それは辛い経験でしたね。わたしは父と子と聖霊の御名によって、あなたの罪を許します」
と、優しい声で話す。そこで終わりになるはず……が、レオンシュタインはさらに話しかけていた。
「私は女性と縁遠い生活を送るのでしょうか?」
「あ、あの。告解はそのような人生相談を……」
「ずっと一人なんでしょうか!!」
その勢いに押されたシスターは、思わず、
「そ、そうですねえ。見れば大分ふくよかなご様子。体重を減らせば、きっとよい出会いがあると思いますよ」
と、一般的なアドバイスをしてしまった。
「1回だけですか?」
「え、い、いえ。痩せるたびに新たな出会い(男女)が待っています」
レオンシュタインの顔が、ぱあっと明るくなる。
「ダイエットをすれば素敵な出会い(女性)がいくつもあるんですね。神様、ありがとうございます」
「えっ? いや……。まあ、……はい」
強引に押し切られた形のシスターだったが、声に出してしまったので取り消すことはできない。よい話が聞けたとレオンシュタインは告解室から意気揚々と出ていった。
この瞬間、レオンシュタインの修行に「ダイエット」が加えられたのだった。
教会から出てきたレオンシュタインの表情が明るいのを見て、ティアナは何があったのかを尋ねずにはいられない。
「いや、旅で素敵なことが待っていると告げられたよ」
「素敵なこと?」
訝しげなティアナだったが、レオンシュタインは輝いた顔のままどんどんと前に進んでいく。
「ちょっとレオン! 待ってよ!」
ティアナが慌てて追いかけるほど、レオンシュタインは希望に満ちあふれていた。
レオンシュタインは近くにある公園のベンチに座り、ドサリと背負い袋を下ろす。横にちょこんと座ったティアナは、どこへ向かうのか尋ねる。
「南下して、2つの街道が交わるピルネの町に行きたいんだ」
レオンシュタインは袋からリンゴを取り出そうとした瞬間、先ほどのシスターのアドバイスが頭に甦り、思わず手を引っ込めていた。
(ダイエットだ! ダイエット)
「そっか。で、今日はその町に泊まるの?」
「うん」
ベンチから立ち上がったティアナは、情報を得ようと近くで休んでいるお爺さんのそばに歩み寄っていった。けれどもティアナの仮面を気味悪そうに一瞥したお爺さんは、そそくさと立ち去っていくのだった。
「へへ、失敗、失敗」
気にしないでと励ますレオンシュタインだったが、近くには遊んでいる子どもたち以外、見当たらない。しかも、
「あ、変な服を着たデブがいるぞ! シュトラント伯爵の仲間じゃないか?」
「こっちには黒仮面の女だ! きっと魔女だぞ!」
「やっつけろ!」
と、5、6人の子どもたちが石を投げてきて、2人の肩や足にバチバチと当たり始める。頭を守りながら2人が公園から走り去ると、子どもたちはようやく追いかけるのを止めて遠くに逃げていくのだった。
思ってもみない形で伯爵家の人気のなさを実感したレオンシュタインだったが、その後、何度も石を投げられそうになった。一目で貴族と分かる服装が悪いのか、とティアナは考えを巡らず。
「レオン! 服を替えた方がいいね」
ティアナの提案で大通りから少し路地に入った古着屋を探し当て、レオンシュタインの服を黄白色のチュニックに替えることにする。
服に袖を通すレオンシュタインを見ていたティアナは、どうしてもあることが気になった。
「レオン……あんた、体重は何kgなの?」
「え、えと。……112kg?」
身長が180cmを越えるレオンシュタインだったが、さすがに太りすぎと思ったのか、ティアナはため息をつく。
「じゃあ、旅で痩せないとね」
「ああ、痩せるといいことがありそうだしね」
「そ、そう?」
レオンシュタインの言が強いことを訝しく思ったティアナだったが、レオンシュタインの顔は先ほどと同様に輝いている。
店から出た瞬間、いつもとは違った風を感じたレオンシュタインだった。




