第39話 嫁、警邏隊へ参加する
王国歴162年9月19日 18時頃 酒場にて――
リンベルクは人口が約15万人とシュトラント伯爵領で第2の規模を誇っている。もちろん第一は首都のクロートローテンだ。歓楽街も多く、それと比例して野盗も多く出没する。そのため、警邏隊員の求人が、酒場の掲示板に所狭しと貼られていた。
そんな酒場の一つにイルマはやってきた。
「警邏隊に参加したいんだけど」
受付のカウンターでイルマが募集状況を確認する。
「今日は20時から2時間の警邏が1つあります。西地区の治安を守る仕事です」
衛兵だけでは間に合わない治安の悪さが伺える。ただ、参加するためには実技試験があるようで、受付嬢は広場にイルマを誘導していた。
「隊長、こちらの方が警邏隊に参加したいそうです」
広場の椅子に座ってカードに興じていた隊長は、イルマよりふた回りほど体つきの大きい男だった。
「ふん、リンベルクも人手が足りなくなったな。こんな女が募集に応じるとは」
隊長は鼻で笑い、カードを机の上に放り投げる。ニヤニヤしたままのイルマは、不敵な態度を崩さずに黙って立っていた。
「俺は隊長のデニスだ。一応名前を聞いておこう」
握手を求めもせず椅子から立ち上がりもしなかった。
「私はイルマ。よろしくね」
顔をヴェールで覆ったまま片目を瞑る。隊長は椅子から立ち上がり、顎をしゃくって広場の中央に来るよう促す。
「じゃあ、ここでお前の腕を見る。この木剣を使うが怪我しないようにな」
明らかにイルマを見下しながら隊長は試験の説明を始める。木剣の強度を確かめつつイルマはそれを振り回してみた。
「ほう、いっぱしに剣を使うようだな」
その問いには答えずイルマは剣を構え直す。
「よし、じゃあ、誰か合図を出してくれ」
隣でダルそうに見ていた受付嬢がカウントを始める。
「3・2・1……始め」
その瞬間、イルマは電光のように素早く距離を詰めて剣を横に振るう。ブオっという風切り音とともに隊長の剣の鍔元を強打すると、その瞬間くるくると刀身が空中に舞い上がった。
「えっ?」
何があったかわからず、剣が無くなった隊長をイルマは足さばきで転倒させる。
「勝負あり、かな?」
倒した隊長の首に木剣を軽く押し当て、イルマは勝利の確認をする。周りで見学している男たちは驚愕して声も出ない。地面の上で隊長は両手を広げ、負けを宣言する。イルマは隊長の手を握り、そのまま引っ張り上げる。
「本当にすまん。まさか、ここまでの腕前とは」
先ほどまでの軽く見た態度を隊長は詫びた。
「ま、いつものことさ。で、合格でいいのかな?」
「ぜひ参加して欲しい。俺は隊長のデニスだ」
隊長から握手を求めてきたので固く握手をすると、イルマの横顔を見ていた部下の一人が声を上げる。
「イルマ……。もしかして、黒い月の傭兵団、狼口のイルマか?」
懐かしい呼ばれ方をされたイルマは複雑な気持ちになる。今はそんな世界から離れたことに感謝でいっぱいだ。
「久しぶりにその名前を呼ばれたな。ま、今は引退してんだけどね」
周りの隊員たちがざわめく。
「あいつは……」
「まあ、女とは言えないな」
これまた懐かしいざわめきにイルマは昔を思い出す。あの頃は、誰も私を必要としていなかった。昔を思い出すと、なぜかレオンシュタインの顔が浮かんでくる。
(主が私を救ってくれた。あの出口のない地獄のような日々から)
レオンシュタインの気の弱そうな顔を思い浮かべ、自然に笑顔が込み上げてくる。レオンのおかげで、狼口に怯えることもなくなり、一緒に笑って、一緒に食べて、一緒に眠っている。
腕を組んで黙ったままのイルマは、様々なことに思いを馳せていた。
(レオン。私の全てをかけて、あなたを守る)
そこまで考えたときに、デニス隊長が今日の警邏計画を話し始めた。
「今日は西地区の巡回を行う。正規兵はいつものように出張ってこない。用心しながら2時間の警邏だ。給金は銀貨1枚。一人を倒すか、捕縛するかで、さらに銀貨1枚追加だ」
「随分安いね」
いつものようにイルマは思ったことをズケズケと口に出す。
「まあ、そう言うな。リンベルクは大都市だから手が回らないんだ」
肩をすくめて隊長は話す。
「じゃあ、行くぞ。」
暗い夜道を歩きながら初めての警邏活動がスタートした。三日月が朧に出ている夜空が、やけに紅く見える。リンベルク大聖堂の上に光る月は、美しいというより、少し怖さを感じさせる。その暗い街の道を警邏隊はゆっくりと歩いていた。
「このエリアは歓楽街だ。盗賊も多いから気をつけるように」
警邏隊のメンバーは、隊長と副隊長、隊員とイルマの4人で構成されていた。リンベルク全体で警邏隊が何グループあるのかイルマは知りたかった。それによって、お金を稼ぐチャンスが変わってくる。
「そうだな。だいたい10グループぐらいだろう」
「ふうん。リンベルク全体を40人くらいで? 無謀だねえ」
稼ぐチャンスは大いにありそうだ。デニス隊長は周りに気を配りながら会話を続ける。
「しょうがないさ。教皇さまは蓄財で忙しいんだと。神のしもべが聞いて呆れるけどな」
隊長は遠くまで警戒していたが、怪しい人影は見えなかった。




