第34話 ガマって……別の言い方はないの?
王国歴162年9月14日 朝7時 リンベルク 宿屋にて――
魔法習得と魔力上昇のために魔法院に通い詰めているティアナの一日は忙しい。午前8時から座学・実践で午前が終わり、午後は治療実習で午後4時となる。魔法習得がこんなに大変とは思わず、宿に帰るとベッドに潜り込んでぐっすり眠るのが日課になっていた。
朝起きてベッドの上で思い切り背伸びをすると、いつもレオンシュタインが衝立の向こうから心配そうな声をかけてくる。
「お疲れさま、ティア。無理しないで」
「無理はしてないよ」
レオンシュタインには心配をかけたくないティアナは、いつも明るい声になる。そしてピシャピシャと頬を叩いて眠気をとばし、すぐに靴下をはく。
(今日は赤にしとこうかな)
昨日洗っておいたヴェールで仮面の大部分を隠し、上着はコット(身体にフィットする長袖シャツ)にしてみる。下着は毎日替えるため、イルマに洗濯をお願いする。
(今日、イルマにお菓子を買ってこようかな)
リンベルクで良かったことの一つに、仮面を被っていても気にしない人が増えたことがある。買い物だって気をつかわずにできる。少なくとも石を投げたり捕まえようとする人はいなくなった。
準備ができたティアナは、りんごだけの朝ご飯を済ますと、すぐに魔法院へ走っていった。
魔法の講義はあっという間に終わり、午前が流れるように過ぎていく。午後は診療実習という名の治療行為が行われるのだ。割り当てられた5番診療部屋に入ったティアナは、窓を開けて診察台の掃除をする。
石壁の暗さが気に入らないティアナは、観葉植物を買ってきて緑色を楽しむことにしている。植物に水をあげながら、板に挟んだ患者リストに目を通す。リストを確認しながらティアナが不思議に思うのは、魔法で仮面をつけている人がこの町には結構いるという事実だった。
何でも仮面は日常生活に自由をもたらし、男性のエスコートなしで市場や教会に行けるようになったらしい。
「一番の方どうぞ~」
顔に灰色の仮面をつけた30台の女性が入ってくる。自分で望んでこんなことをしたのか疑問に思いながら患者さんに解呪の魔法をかける。手から緑色の光が溢れて患者さんの顔を包み、ゆっくりと光が消えると患者さんの仮面がなくなっていく。
完全に取れない場合は、より高位の魔法使いを紹介することになっている。
ティアナは上から5番目くらいの魔力のため、それなりに多くの患者を割り当てられていた。
(ま、お金も稼げるし)
そう思いながら治療を終える。
「さあ、取れましたよ。気分はいかがですか?」
患者さんが診察台から起き上がり、鏡を見る瞬間がティアナは一番好きだ。
いつも仮面だと気が滅入ることは実感で分かる。今日の患者さんも微笑みながら、丁寧にお礼を言ってくれたのだった。
「いえいえ、お役に立てたなら何よりです」
出口まで5人目の患者を送っていったティアナは、そのまま休憩に入る。
1階の共有スペースに降りていき、買っておいたりんごジュースを口に含んで一息つく。共有スペースには円形のテーブルが置いてあり、そのどこからでも中庭の景色を楽しむことができた。
「あらあ、ガマ女が休んでる。ついてないわ」
魔法院で解呪担当のユーフォリアが、離れた席にドスンと腰掛けてきた。整った顔立ちのわりに目つきが鋭く、斜めに跳ね上がった口が意地悪そうな性格を表している。短期間の訓練をティアナが願い出た時、前例がないと散々ごねたのがこのユーフォリアだった。
なぜ自分がガマと呼ばれるのか不思議に思ったけれど、りんごジュースが思った以上に新鮮でその味わいに心を奪われる。あまりに美味しいので、帰りにレオンシュタインに買っていくことを決めていた。
自分に全く興味をもたないティアナを見て、ユーフォリアはますます眉を逆立てる。
「ガマ女さん。口がないの? 話をしてよ」
バカにしているのに会話をせよとは……、気にせずティアナはジュースを楽しんでいた。それを見て、周りに立っていた取り巻きの女子職員が、ユーフォリアの味方をし始める。失礼だ、せっかく話しかけているのに、とか面倒くさいこと甚だしい。せっかくの休息時間が潰れるのは惜しい。
「あの、何か?」
ティアナが返答すると、ユーフォリアは待っていたかのように突っかかってきた。
「ようやく口を開いたわね、ガマ女」
侮蔑の目をティアナに向けるが、ティアナは気にせず用を話すように促す。
「何であなたは仮面を被ってるの? 解呪ができるんでしょ?」
「ええ」
「だからよ。見られたくない顔が仮面の後ろに隠れているんじゃないかって噂よ」
どうでもいいことだった。
交流することを諦めたティアナは、外の景色を眺めることにする。歴史ある魔法院の中庭には、大きな西洋サンザシの木が立っていた。小さな赤い実がたくさんぶら下がっており、緑の葉と重なる様子がとても綺麗に見える。
「何よ、また無視?」
取り巻きの二人が近寄ってティアナの手を掴もうとした瞬間、手に痺れを感じて触ることができなかった。雷の矢が2人の手に突き刺さっている。ティアナの詠唱は魔法院に来てから、ますます早くなっていた。
二人とも何が起こったのか分からず、ぼうっと顔を見合わせている。その顔が可笑しくて、ティアナはクスクスと笑う。
「私のことは何と言ってもいいけど、友だちでもないのにさわろうとしないでね」
明るい口調でティアナが呟くと、すっと立ち上がり、階段を上って自分の治療スペースに戻っていった。残された3人は邪悪な顔立ちでティアナを見上げたままだ。
古い歴史ある魔法院に、淀んだ人間たちが存在するのは宿命かもしれない。特権を享受してきた彼女らが居丈高になるのも必然だった。
(じゃあ、今日も稼ぐわよ)
気を取り直すように右肩をぐるぐると回したティアナは、いつも以上に患者に優しく接するのだった。




