第32話 喪男同盟
王国歴162年9月14日 15時頃 リンベルク市場の中で――
ポスターは黒字に黄色の文字で描かれていて、その書いてある言葉が妙に気になる。
『喪男』
モテない男という意味だろうとポスターの下を見ると、確かにそのような説明書きがある。同盟に入団したい人は鷲亭に19時集合と書いてあった。
(凄く気になる)
20分ほど、そのポスターの前で立ち止まっていただろうか。
後ろから一人の男が近づいてきた。
イルマはさりげなくレオンシュタインと男の間に割り込み、男に軽くぶつかりながらレオンシュタインを軽く前に押し出した。
「ごめんなさい」
町娘を装ったイルマは頭を下げて男に謝る。
「いえいえ。大丈夫ですよ、フラウ」
その男を素早く観察し危険がないと判断したイルマは、その場から離れていった。
「お兄さん」
年齢は40歳前後だろうか。若々しい笑顔が印象的で、髪の色は亜麻色で体格は中肉中背。背の高さはレオンシュタインと同じくらいだ。
「そのポスターが気になるのかい?」
「ええ。どんな会なのかと思って」
レオンシュタインは素直に返答すると、男はレオンシュタインをじっと見て、おもむろに手を差し出す。
「私は喪男同盟のリーダーをしているケスナーと言います」
「レオンシュタインです」
ガシッと握手をした瞬間、二人は何かが分かりあった気がした。
「合格!」
「えっ? 何が合格?」
ケスナーは握手の力をさらに強くする。
「君、喪男同盟に興味をもったね。合格だよ」
「あ、ありがとう……ございます?」
こんな合格して嬉しくないのは初めてだ。その表情を見ていたケスナーは、いやいやと手を振る。
「合格っていうのは、君は何かを『もってるね』って意味だよ」
「もつ?」
「うん。喪男同盟は、何か夢中になるものをもつ男たちの会なんだ。君は何だい?」
「あ、はい。バイオリンを」
合点したというふうにケスナーは手を叩く。
「じゃあ、今日、19時に鷲亭で会おう。いいかな?」
「は、はい。よろしく」
それを確認すると、ケスナーは手を振ってすぐに立ち去ってしまった。忙しそうな男だが同時に爽やかさを感じる人だった。
「主、妙なことになりましたね」
建物の陰から現れたイルマに、レオンシュタインは片手を挙げる。
「いや、ワクワクしてるんだ。今まで、男の人とこんな会話をすることがあまりなかったから」
帰宅後にティアナは難色を示したが、イルマが陰で護衛をすることを聞いて渋々許可する。いつも同じメンバーだけで過ごす弊害はティアナにも分かっていた。
「じゃあ、思い切り楽しんできてね」
ティアナに送り出されレオンシュタインとイルマは宿を出発する。
鷲亭には19時少し前に到着し、レオンシュタインとイルマは別々に店に入っていった。
木で作られた壁一面に酒が並べられ、店名のもとになっている鷲の絵がいくつもかけられている。テーブル席は全部で6つ。1つのテーブルに椅子が4つ設置されている。
店の奥に長いテーブル席があり30~40歳の男たちの一団が陣取っていた。一種異様なオーラを発している、そこが喪男同盟の会合場所に違いない。
近づくと一斉に拍手が鳴り響き、ケスナーが立ち上がってレオンシュタインを手招きする。
「それでは第87回喪男同盟の会合を始めます。今日は新たなメンバーをみなさんに紹介します。こちらレオンシュタインさんです」
周りの男たちから好意の口笛と拍手がわき起こり、小さな祭が始まったような雰囲気が広がる。座っている男たちは優しそうでありながら、一本芯が通った表情をしているのが印象的だ。
「では、レオンさん。自己紹介をお願いします」
ケスナーが挨拶を促すのと同時にレオンシュタインは立ち上がり、みんなに一礼する。
「初めまして。私はレオンシュタインといいます。どうぞ、よろしくお願いします」
ケスナーは目配せをして、レオンシュタインにたぎる思いを話すよう促す。みんなも集中して静まりかえってレオンシュタインを見つめていた。
「私は昔から体型のことでからかわれ、侮蔑の目を向けられていました」
一斉に男たちは首を振り小さなため息をつく。
「豚って呼ばれてました」
その瞬間、みんなは口々に怒りの声を上げる。
「お見合いは10戦全敗です。中にはあざ笑って『こんな人と結婚なんてありえない!』と面と向かって言った人もいました」
隣に座っていた男がすっと立ち上がるとレオンシュタインの両肩に手を置いた。
「つらい思いをしたね、レオンさん。でも、自分を責めないでくれ」
優しい眼差しで語りかけてきた。
「そうだ、そうだ。そんな馬鹿女のことなんて、忘れちまった方がいいぜ」
「性格の悪いアバズレだったんだよ。ひっかからなくてよかった」
アバズレかもしれないが貴族なのだ……。
「そいつら、ろくな死に方しないから」
みんな口々に怒りの声をあげレオンシュタインを慰め始める。今まで、こんな親身に言ってくれる人がいなかったため、レオンシュタインは目に涙をためてしまう。
「みなさん、ありがとうございます。本当に嬉しいです」
お辞儀をするレオンシュタインを、みんな優しい眼差しで見守っていた。
「いや、レオンさんの辛い気持ちが少しでも軽くなったら嬉しいよ。さあ、飲もう」
みんな、大きなジョッキを高く掲げる。
「レオンさんに!」
「喪男同盟に!」
「乾杯!」
レオンシュタインがぐっとビールを飲み込むと、燻製のような香りが鼻に抜けていった。飲み進めるにしたがって美味しくなる濃い琥珀色のビールについて店員に尋ねると、燻製ビールだと教えてくれる。
どんどん飲み進めるうちに気がつけばテーブルの上は料理でいっぱいになった。
「レオンさん、私たちの会はね。辛い気持ちを共有し、励まし合う会なんだけど」
ケスナーさんが薄いカツレツを頬張って、かぶりと噛む。
「自分の夢を話す会でもあるんだ。俺たちは一生懸命生きてるからさ」
みんながうんうんと頷く。
「まあ、時々お姉さんのいる店にも行くんだけどね」
レオンシュタインの肩を叩きながらケスナーは大笑いで、その笑いは周りの男たちにも伝染していく。当然、レオンシュタインも興味津々である。
「じゃあ一人ずつ自分のことを話してくれるか」




