第31話 自由に歩く
王国歴162年9月14日 11時頃 リンベルクの宿屋にて――
3人とも昨日施療院から帰ってきてから、たった今まで眠り込んでいた。
22時間も!
司祭様に言われていたように、魔法での治療は治療後に疲れがくるというのは本当だった。レオンシュタインはいつも長時間、眠っているのだけれども。
「で、今日の予定なんだけど」
部屋の中でベッドに腰掛けたティアナとイルマは、白麻の下着のまま、あくびをかみ殺しながらレオンシュタインの話を聞いている。レオンシュタインは必然的に二人を見ないように話を進める。
(神様、これも試練ですね。強烈な美人であっても劣情を抱かないように、と。お告げは絶対に守ります!!)
手に力を込めながら決意するレオンシュタインだったが二人の肌色が多すぎる。何で下着のままなんだ?
(きつい試練だな……)
一方、ティアナは少しでもレオンシュタインの近くに行こうとベッドの端へと寄っていく。身体にかかっていた毛布もさりげなく外していた。
(イルマがあんなに綺麗だなんて……。おっぱいも大きいし……。レオンだって男の子だから……)
イルマはイルマで、レオンシュタインにアピールするために胸の露出を多くしていた。脚もレオンシュタインの方に向けて組む。
(……ティアナ。仮面とのギャップがエグい。今まで見たこともないような美少女……。レオンと過ごしている時間も長いし。スタイルも凄えな……)
二人の視線がぶつかる。
(絶対に負けない!)
ますますレオンシュタインを懊悩させることになるのだった。
レオンシュタインは早く話を済ませようと、業務的な話し方になる。
「ティアナは魔法院へ、僕はリンベルクを散策するよ」
魔法院で解呪が学べるということから、ティアナはそこで学ぶことになる。仮面を嫌う人が多い場合は、この解呪を使えばティアナへの偏見も消える。
イルマはレオンシュタインの護衛につくため、デートと言えなくもない。イルマの笑顔とは反対に、ティアナは顔を曇らせていた。
「魔法院へは全員で行こ。ほら、魔法の習得を断られるかもしれないし」
イルマがレオンシュタインと仲良くするんじゃないかと、ティアナは心配していた。
「ティアナ。主の護衛は任せてくれ。ずっと側から離れないから!」
それが逆に危険なんだと不安をもらすティアナだが、他にいいアイディアが浮かばない。
「イルマ、変なことはしないでよ」
「変なことって何?」
「もう!」
ニヤニヤしながらティアナをからかうイルマを見て、苦笑するレオンシュタインだった。
外出のために3人とも着替えることになり、衝立が男女の間に置かれる。ようやく心の平安が訪れたレオンシュタインだった。
(ふう)
衝立の反対側で下着を替えるためにイルマは上半身裸になる。鍛えられて引き締まった腹と肩が露わになり、それ以上に胸が大きくて形がいい。呆然と自分の胸を見ているティアナを見て、イルマは思わずからかってしまう。
「ティアナはこれから成長するから」
それでもイルマが見る限り、ティアナの身体はバランスがとれており、むしろ胸も美しくて可愛い。
互いに思うところはあるものの、すぐに靴下をはき、オーバーチュニック(ゆったりしたロングシャツ)を下着の上につける。
黄色系統を好むティアナと赤色系統を好むイルマは、靴下にもそれがでていた。傭兵のイルマは戦闘ができるように男性と同じように茶色のズボンを履いているが、ティアナは下着の白をチュニックの下からのぞかせていた。
最後にヴェールとバルベット(首からあごまでを隠す布)を装着して、準備完了となる。
「待たせたね。主、行くよ!」
「レオン、お待たせ!」
二人の華やかな服とは裏腹に、レオンシュタインは相変わらずの灰色のチュニックに焦げ茶色のズボンに白い靴下と、あか抜けないこと甚だしかった。
「あ、二人とも昼食は?」
「いらな~い」
3人はすぐに宿の外へ飛び出していた。
大都市リンベルクは道幅が広く、歴史を感じさせる古びた石組みの建物が多い。
「さすが大学の街だね。若者が多いよ」
道を行き交うたくさんの若者が店先でコーヒーを楽しんだり、買い物をしたりと思い思いに過ごしている。店も装飾品や背負い袋、本、筆記用具など、今までの町にはなかった店が建ち並んでいる。ショーウィンドウも華やかに飾り付けられている。
珍しいものに目がないレオンシュタインは自然に歩みが遅くなり、ティアナとイルマはそんなレオンシュタインの背中を押して先を急がせていた。
やがて、目の前に歴史を感じさせる重厚な5階建ての建物が現れる。暗灰色の煉瓦のため、陰鬱な印象を受ける。石造りの壁も所々は大理石を用いており、豪奢を感じさせるこの建物がリンベルクの魔法院だ。
魔法院の門は深緑色で頑丈な鉄で作られており、3mの高さを誇っている。
建物と同様きらびやかな受付で、受付嬢から費用等の説明を受ける。飛び込み訓練の場合、2週間の訓練期間で銀貨25枚(25万円)が必要とのことだった。さすがに魔法院ではティアナの仮面が目立つことはなかった。解呪の申し込みが多いため、受付嬢も見慣れているらしい。
「ねえ、レオン。お金は大丈夫かな?」
小さな声でティアナはレオンシュタインに確認すると、レオンシュタインは大丈夫と目で合図をする。その好意に感謝し、ティアナは支払うと受付嬢に伝えると、すぐに応接室に案内され、ガイダンスを受けることになった。
だいたい、4時間ほどかかると説明される。
「そんなに?」
驚くティアナを受付嬢は無表情のまま、ぽつりと「4時間」と繰り返した。終わりの時刻は15時頃になるとのことだった。
「お腹空きそう。レオン、美味しいもの買っといて!」
軽く手を振りながら、ティアナは魔術院の奥へ入っていった。
「じゃ、イルマ。行こうか」
一緒に街へ行こうと誘ってくれるレオンシュタインの気持ちは嬉しいが、ティアナの修行を考えると、フェアじゃない気がするイルマだった。
(正々堂々が私のモットーだからね)
「主、私は陰から護衛するよ。近く過ぎても守りにくい。それに、主もたまには一人で街を歩いた方がいい。いつも護衛付きじゃ、出会えない人が増える。主にとってよくない」
レオンシュタインの肩をイルマはぽんぽんと叩く。まともなことを話すイルマに、レオンシュタインは驚きつつ笑顔で礼を述べる。
「どういたしまして。妻として当たり前」
「それは違うけど」
地味な薄赤色のチュニックを着ていたイルマは、すっと人混みの中に紛れ込んでいった。
(じゃあ、自由に散策を楽しむか)
リンベルクの中心街を目的もなく歩くと、レオンシュタインはいつもとは違った足の軽さを感じる。雑貨屋が立ち並び、店の人と会話をしながら買い物をするのが楽しい。
「お兄さん。この財布、いい出来だよ。買ってかない?」
「兄さん、兄さん、恋人がいるなら、この指輪がいいよ。安くしとくよ」
全ての店員と会話を交わすレオンシュタインを見て、背後から見守るイルマは目を細める。
(主。楽しそう)
生き生きと買い物を楽しむレオンシュタインは、いつもとは違った19歳の若者に見える。
(最近、痩せてきたなあ)
初めて会った時は巨漢だったのに、少しずつお腹が凹んできたことを感じる。顔も頬っぺたが下に広がっている部分がなくなり、引き締まりを感じる。
(やっぱ、旅が過酷なんだ)
一度も辛いと言わないレオンシュタインだが、このような体験をする貴族はあまりいない。もっと気をつけて安全を見守ろうと決意するイルマだった。
簡単な昼食を別々に済ませ、さらに露店が途切れるところまで歩いていく。古い建物が多い旧市街に差し掛かったとき、レオンシュタインは煉瓦の壁に気になるポスターを見つけてしまった。
『君も喪男同盟に入団しないか?』




