第295話 届かない思い
王国歴165年10月10日 午前11時30分 ユラニア城 天空の間にて――
フラプティンナとティアナは自室で椅子に腰掛け、じっと式が始まるのを待っていた。あまり嬉しさはわいてこない。ああ、そうなんだと、まるで他人事のように自分を眺めているような気がする。この部屋で起こった誘拐未遂事件以降、ティアナはずっと胸騒ぎが収まらなかった。私は何かを、なくしてしまったのだろうか?
ランペール2世であるルードビッヒさまと結婚する日のため、感情が高ぶっているのだろうとティアナは自分の考えを否定する。見るとフラプティンナも浮かない顔だ。気晴らしのために、部屋のカーテンを開けることにする。
その瞬間、窓の外から4mほどのワイバーンがこちらを覗き込んでいた。
ワイバーンの背に一人の女性と大柄な男性が腰掛け、必死に何かを呼びかけている。ブラウンの短髪に、ふっくらとした頬と優しそうな眼差し。手を伸ばしながら、盛んに窓を開けるようにジェスチャーで示している。
「ティア! ロス!」
確かに名前を呼んでいる。でも、その男が誰なのか、ティアナは思い出すことができない。思い出せないことが悔しく、ティアナは自分の頭を何度も叩く。
(思い出せ! 思い出せ!)
無意識に立ち上がったフラプティンナは、ケースからヴァイオリンを取り出し、優しく触り続ける。ヒメルは旋回するために、もう一度上空に舞い上がった。
「ヤスミン、もう一度接近してくれ!」
「危険、レオン!!」
「いや、でも、そこにティアがいる!」
「……分かった!」
手綱を引き、再度、窓の側に接近を試みる。窓の近くのバルコニーに大勢の兵士が弓を構えて集まってくる。
「花嫁の部屋に不審者を発見! ワイバーンごと射落としてしまえ!」
レオンシュタインたちの周りに矢が集中し始める。
「撤退!!」
ヤスミンが叫ぶとワイバーンは大きく、空に舞い上がり城の上空を旋回する。
不審者の報告はすぐに王座の間に伝えられた。王座の間には、宰相マザリンが控えており、直ちに城内のバリスタ隊に命令が下る。
「王宮に近づくものは、すべて撃ち落とせ。また侵入者に警戒し、親衛隊は城内の警戒を厳重にするように!」
また、二人の花嫁をすぐに教会に移動させるように指示が出される。
(教会には王国親衛隊もいる。そこには侵入できまい)
王と宰相マザリン、ヴェルレ公爵がゆっくりと教会に移動していった。
§
その頃、ヤスミンたちは城近くの空き地に舞い降り、ヒメルにくくりつけていた袋の中身に火をつけていた。それが終わると、すぐにまた飛び立つ。袋からは黙々と煙が立ち上り、空に薄くたなびいていた。
そのまま城の教会上空までやってくる。
「じゃあいくよ!」
ヒメルを急降下させ、教会の天井にある窓を目がけて石の入った袋をぶつける。何度かぶつけることで、窓に大穴が空いてガラスが下に落ちていくのが分かる。教会内は大騒ぎになっていた。上から落ちてくる埃を払いながら、マザリンは苛立ち思わず叫んでしまう。
「対空のバリスタはどうした!!」
いつまでたってもバリスタから矢が射出されない。それもそのはずで、バリスタの発射装置がいつの間にか全て壊されていた。その隙にヤスミンは石の入った袋を落とし、ヒメルを旋回させる。隣の足にくくり付けた煙の袋を、天井に空いた穴に落とそうと必死に手綱をさばいていた。
「長弓をもってこい!」
下でバリスタ隊が叫ぶ中、ヤスミンは必死に穴に袋を落とそうとするが、どうしても上手くいかない。
「無理!」
結局、教会の外壁に袋を落として撤退する。教会の中に煙が入らなかったために、マザリン卿やヴェルレ公爵は安堵し、その袋を遠くに離すように親衛隊に命じる。親衛隊は結婚式を見たいため、そのゴミ捨てを下働きに命じていた。
「ちゃんと捨てておけよ」
「分かりました」
下働きは大きな桶の中にその袋を入れ、煙が出ないようにする。そうして城内へと入っていった。
ワイバーンが見えなくなったことに一安心した宰相のマザリンは、式を強行することに決める。人質の貴族の妻や子弟たちは、そのまま教会に留め置き、すぐに司教を呼びに行かせる。
「花嫁を掠おうとする不埒者がいるために、式を早くとり行いましょう」
そのときマザリンは司教に2つの指輪を渡していた。金色の指輪は禍々しい色を放つ。
(この2つで、奴らの抵抗を断ち切る)
そうして自分の席に戻っていく。
式は盛大な拍手と音楽によって始まった。ランペール2世ルードビッヒは、司教とともに祭壇の前で待っている。それに向かって二人の花嫁が歩いていく。大事件が起きたにもかかわらず、参加者は二人の花嫁に目を奪われ、また親衛隊ですら目を離せないでいた。
黄金の髪のティアナと、ライトブルーの髪のフラプティンナが、ゆっくりと赤い絨毯の上を歩いて行く。そうして、ついにルードビッヒを挟むように立つ。
「古の習わしに従い、誓いを交わして婚姻の証となす」
ついに宣誓の儀式が始まったのだった。




