第294話 10月10日がやってきた
王国歴165年10月9日 午後6時 ユラニア港にて――
「ルドルフさまに報告します。ユラニア王国南部戦線においてノイエラント軍がヴェルレ公爵軍を撃滅し、現在、エルネスティン辺境伯軍とともに王城の南約3kmの地点で待機中です」
港に攻め込む軍があるだろうと首都長官ルドルフたちが備えていたにも関わらず、一向にその気配がない。その理由がようやく腑に落ちた。ルドルフと魔法兵団のアントリは、さらなる情報収集に余念がなかった。
「また東部戦線では停戦協定が結ばれグライフ公爵とファルケンハウゼン侯爵が密かに和解の模様。現在、トイフェルスベルク丘陵にて対峙中です」
諜報員を下げると、ルドルフは木のテーブルに置かれた紙に王城の見取り図を描き、説明を始める。
「アントリ殿、最後の計画を詰めておこう。明日の結婚式は昼12時に城内の教会で執り行われる。現在、警備は強化され誰も入ることができない。そこで、アントリ殿ともう一人の魔法兵をこの秘密の通路から城内に侵入させる。人数が多いと、すぐにばれる。どこから見てもグブズムンドル人だからな。二人がいいだろう。潜入すれば俺の部下が匿うことになっている。名前はニーナだ」
アントリとルドルフは固く握手をして互いの成功を祈る。
「私たちは王国を、君の国では姫さまを互いに取り戻そう」
そう話してルドルフは船室に戻っていった。アントリは部下の中から1名を選抜することになった。
「私とともに城内に潜入してくれるものはいないか?」
目の前で待機しているシグトリアがすぐに手を上げた。副団長付の補佐官であるシグトリアは魔力も高く、何よりも冷静な判断力に優れている。
「アントリさま。私がお供いたします。男女の方が怪しまれることが少ないでしょう」
けれどもシグトリアは大貴族ハルトル家の令嬢でもある。躊躇するアントリを見てシグトリアは力強く宣言する。
「姫さまを救出できれば第一等の功績となるでしょう。そうすれば我が父も結……」
後半はよく聞こえなかったが意気込みは伝わってきた。
「私は救出に全力をかけるため、自分の身は自分で守るように」
「分かりました」
残りの部隊はルドルフの部隊へ編入となった。
アントリは船上から王城を眺める。明日の結婚式のためにユラニア王城には火がたかれ、暗闇の中にぼんやりと浮かぶようだ。空には10月の星たちが瞬き、海の中へと沈んでいく。アントリは昔のパーティーのことを思い出していた。
――(なるほど……僕は防波堤ですか?)
(へへ、ごめんね。でも、いいじゃん。こんな美人と一緒に過ごせて)
(自分で言うな!!)
アントリの頬に笑みが浮かぶ。姫さまを救うという使命よりもティアナを救うために自分が立候補したことは誰にも言えない秘密だった。
(ティアナさん。僕の青春の憧憬。僕が救われたように、今度は僕が君を救い出す)
ティアナさんと一緒に見上げた星はどれだったか。記憶を頼りに、それを見つけようとするアントリだった。その様子を副官シグトリアは奇妙な眼差しで眺めているのだった。
§
翌日10月10日は淡々と訪れた。いつもと同じ朝で、鳥たちもいつもと同じようにさえずっていた。でも、レオンシュタインにとってティアナが「おはよう」を言いに来てくれないことは、いつまでたっても慣れなかった。
(ティア。今日、助けに行くから)
後ろでヤスミンが声を掛けられずに、黙って立っていた。
「ああ、ヤスミン。おはよう。今日はよろしくね」
ヤスミンは何も言わずに、ただ抱きついてきた。
「マスター。絶対に生きて帰るって言って。今のマスターは……」
レオンシュタインの諦観の表情をヤスミンは見逃さなかった。ドンドンと胸を叩いて涙を流す。
「マスターが帰って来たら……私、お嫁さんになっていい?」
必死に話すヤスミンの頭を撫でて約束をする。
「ああ、帰ってきたらヤスミンをお嫁さんにするよ」
「絶対?」
「ああ、絶対だ。神に誓って」
部屋に置かれた十字架に向かってレオンシュタインは真剣に祈る。
「必ずここに帰って来る」
突入の準備をしている最中、レオンシュタインはシノがいないことに気付く。
「ヤスミン。シノさんがいないけど」
ヤスミンの話では、昨日、アリカタと一緒にどこかに出かけたまま帰っていないというのだ。シノのことなので逃げることはないと思うが……。気になることは山ほどあるけれども、まずはヒメルの様子を確認し、準備に集中するのだった。
§
気がつけば時計は11時を回っている。花嫁二人はウェディングドレスをまとっている頃だろう。
「じゃあ、行ってくるよ」
気楽な感じでレオンシュタインはグスタフに声をかけていた。
「レオンさん。今年はヒメルの友だちを作ってやりたいんです。だから、必ず帰って来てくださいよ。ノイエラント以外じゃ、私、大学の教授になれないですから」
そんなことはない。すでに様々な大学から研究を発表してほしいと依頼が殺到しているグスタフ助教授だった。それなのに研究をせず従軍しているのだ。
「ごめんね。でも、絶対に帰ってくるから」
そう言うとレオンシュタインとヤスミンはヒメルに乗り込む。
「それでは、ユラニア城へ!」
ヒメルは大きく羽ばたき、あっという間に農場から飛び去っていった。
「どうか、ご武運を」
祈るグスタフの姿が、どんどん小さくなっていった。




