第292話 進撃のノイエラント
「報告します!」
王国歴165年10月8日昼12時、ユラニア城の謁見の間は使者からの報告が途切れることなく続いていた。ヴェルレ公爵オットーと宰相マザリンだけが残る王宮は、奇妙な活気に溢れていた。
「ヴェルレ公爵軍アルムゲイル殿は討ち死に。ノイエラント軍はそのまま北上を続けております」
「何!」
「……しかも、アルムゲイル殿は魔族であった模様。ノイエラント軍は盛んにそのことを喧伝しております」
「謀略だ!! それに騙されてはいけない!」
オットーは顔を歪める。けれども使者は疑惑の目つきになる。すぐに使者を下げ、オットーはマザリンと善後策を話し合い、軍の移動を提案する。
「グライフ公爵軍へ向かわせた軍の半分をノイエラント軍に向かわせよう。まだ、そんなに進んではいまい」
けれども、マザリンは疑念を抱く。
「アルムゲイルのことは大丈夫か? このままでは、我らも見破られるのではないか」
「何を弱気な。王がティアナに子どもを妊娠させるまで、何が何でも騙すのだ!」
「まあ、そうだな。いざとなれば、我らが暴れれば良いことだしな」
オットーは赤く目を光らせ、二人の乾いた笑いが、謁見の間に広がっていった。
§
その頃、ノイエラントの騎馬隊は無人の野を走るがごとく進軍していた。ヴェルレ公爵領首都ジルシュタッドを過ぎても大きな抵抗がない。とりあえず王都まであと1日の距離にあるロイゼホルンの町で休息する。
王国軍に魔族がいたことを諜報隊が触れ回っている。それが広がれば広がるほど王国軍は動揺し、戦いを放棄するというのが参謀長グラビッツの考えだった。
「休息せずに戦い続けられるわけもない。コンラート、コーパス。警戒しつつ、明日に備えよう」
「はっ」
斥候によると、王城付近の平野に、アスカーニエン男爵率いる歩兵1000、エルネスティン辺境伯の率いる騎兵400、歩兵1600、ラウエンブルク子爵率いる歩兵800が展開しているとのことだった。騎兵が400、歩兵が3400と約6倍である。
そっと外に出ると、王城の方がぼんやりと明るく光っていることにコンラートは気付く。ふと肩を叩かれ、薄利を見ると第2中隊の仲間たちが、ワインを抱えて「飲もう」と誘ってくる。近くに丸太を転がし、拾ってきた薪に火をつける。10月も夜になるとかなり冷えが忍び寄ってくる。
レオンシュタイン殿と敬愛するイルマ隊長があの城にいるに違いない。焚き火を囲んで、全員、ワインの入ったグラスを目よりも高く掲げる。
「待っててくださいよ、隊長。きっと、レオンシュタイン殿を助けてみせますよ。乾杯!」
「乾杯!」
ぐっとワインが胃の中に落ちていき、ふわっとした温かさが身体に広がる。暗闇の向こうの光を見つめながら、自分の剣を握りしめるコンラートだった。
§
翌日、休息がとれた騎馬隊600は人馬共に気力に溢れていた。騎馬隊の臨時隊長キヨマサの号令で、騎馬隊は前進する。2時間ほど突き進んだ先の平原に部隊が展開しているのを確認する。
馬上でコンラートはキヨマサに進言する。
「一旦、停止し、敵に魔族の件を伝えましょう。証拠になる首も見せるとよいかと」
その進言を聞き入れたキヨマサは全軍に停止を伝え、コンラートを使者として王国軍に派遣することを決定した。
約4000の兵がいる陣へ、コンラートはゆっくりと馬で乗り込んでいく。使者であることを示す白旗を掲げてたまま馬を降り、本陣に歩いて行くと、3人の部隊長がコンラートを迎え入れていた。
「ノイエラント軍第2部隊副長コンラート・フォン・カステルコルン男爵と申します」
優雅な挨拶をし、すぐに本題に入る。
「こちらをご覧ください」
持参した箱を開くと魔族アルムゲイルの首が現れ、三人に動揺が走る。
「先の戦いでウルリッヒ軍第一部隊の隊長アルムゲイルと戦い、討ち果たすことができました。ただ、ご覧の通り人間ではなく魔族です。王宮には、さらに魔族がいるものと思われます。我々が掴んでいる情報では、宰相マザリン、ヴェルレ公爵オットー、そして、ユラニア王ランペール二世!!」
「嘘だ! これはノイエラントの謀略だ! みんな騙されるな!」
オットーの派閥に属するラウエンブルク子爵が叫ぶ。けれども三部隊をまとめているエルネスティン辺境伯は、その言を即座に否定する。
「ラウエンブルク子爵。卿は斥候を派遣していないのか? 我が軍の斥候はアルムゲイルが魔族になる瞬間をはっきりと見ておるぞ! この首がノイエラントの謀略だと言うのなら、その理由はなんだ?」
「そ、それは、レオンシュタインが花嫁を……」
全てを言わせずにエルネスティン辺境伯は話を続ける。
「そもそもノイエラントに無理な侵略をしかけ、あまつさえ花嫁を誘拐同然に王宮に招き入れたこと、大国にあるまじき暴挙である。わしは、ずっと苦々しく思っていた。マザリン卿の変節、整合性を欠く王の命令など魔族の仕業と考えれば全て辻褄が合う」
そう話すとエルネスティン辺境伯は剣を抜き、ラウエンブルク子爵に突きつける。
「ラウエンブルク子爵。貴殿、もしやヴェルレ公爵オットー卿に何か言い含められたか?」
「王が魔族であることを知らされ……。何ができるというのだ? せめて,我が領土の安堵を願って何が悪い!」
キッとエルネスティン辺境伯を睨む。
「王が魔族なら、王を倒すまで。魔族に支配された国など、おぞましいわ! 衛兵! 子爵を拘束せよ!
ラウエンブルク子爵の兵は我が軍に編入せよ!」
ラウエンブルク子爵は縛につき、そのまま監獄車に収監される。部隊編成を支持した後、エルネスティン辺境伯はコンラートに返答する。
「コンラート卿。お見苦しいところをお目にかけた。我が軍はノイエラント軍と戦う意思はない。これから、どうされるおつもりか?」
「元凶の魔族を殲滅し二人の花嫁を救い出します。ノイエラントに戻り、ティアナさんと当主の結婚を祝うんです。平和の大パーティーを1週間ぶっ続けで開催しますよ。領民みんなが参加できるような奴をね」
エルネスティン辺境伯は目を細める。
「そのパーティーにはわしの席もあるかな?」
破格の申し出であるがコンラートは頓着しない。胸を張ったまま、笑顔を絶やさなかった。どんな奴の前でも萎縮すんな、同じ人間なんだから、というのが敬愛する隊長の教えだった。
「もちろんです。一番いい席を用意しておきますよ。ユラニア王国と和平を締結し、これからは互いに助け合って仲良くするんです。別に問題はないでしょう。我が当主が毎日、口癖のように言ってます」
「そうか。出席が楽しみだな。では、大パーティーのために我が軍も王城まで同行させてもらおうか」
「おおお」
あまりの急展開にコンラートは驚愕の体だったが、すぐに笑顔となり共に進軍することを確約する。
コンラートが陣に戻った後、エルネスティン辺境伯は傍らにいた従卒に声を掛ける。
「ゾフィー。あの使者をどう思う」
「敵国の辺境伯にへつらわず、己の主君に忠節を尽くしております。優しさを感じさせる、笑顔の素敵な殿方ですね」
「そうか。ゾフィーも気に入ったか」
「気に入っておりません!! 父上、お戯れを」
「わしと一緒に大パーティーとやらに参加しないか。そなたもそろそろ社交界に出てもよい頃だ」
「……そんなことを話している場合ですか!!」
ゾフィーの反応を楽しみながら、辺境伯は全軍に命令を下す。
「これより我が軍はノイエラント軍と共闘し、王宮に巣くう魔族を殲滅する。全軍、出撃せよ!」




