第291話 討伐
目の前の部隊長の身体が裂け、中から紅い2つの目が現れる。参謀を始め、本陣は大混乱に陥った。
「ア、アルムゲイ……?」
「ウルサイ!」
ヴェルレ公爵軍の参謀は、爪で身体を2つに引き裂かれ瞬時に絶命した。そこに現れたのは、頭が蛇で身体が鱗で覆われた魔族だった。手や足にはぬらぬらと光る青黒い鱗が光っている。周囲には蛇の生臭さに血の匂いが混じった匂いが広がっている。
王国歴165年10月7日午前11時、ウェンドルフ湖畔では悲劇が起こり始めていた。
「魔族が出た! 参謀がやられたぞ!!」
「アルムゲイルさまが魔族?」
その叫んだ兵士も次々と血に染まっていく。アルムゲイルが腕を振るうたびに、鮮血が辺りに飛び散っていく。やがて、周囲の虐殺に飽きたアルムゲイルは、狙いを新レーエンスベルク辺境伯軍アルフレドに定める。羽根を広げて、空に舞い上がる。
「うわあ! 逃げろ!」
交戦中にも関わらず、アルムゲイルの率いる第一軍は潰走し始めた。もはや、戦闘どころではない。
「助けてくれ! 魔族が俺たちを殺している」
ノイエラント側に投降する兵士が後を絶たなかった。
「伝令。投降する兵士は後方へ誘導せよ。また、ノイエラント軍はその場に待機」
参謀長グラビッツは冷静に戦況を見つめる。その頃、新レーエンスベルク辺境伯軍も異変に気付いていた。
「アルフレドさま。どうやら魔族が出たようですぞ!」
横に立つマルティン卿が冷静に報告する。事前に打ち合わせたグラビッツの懸念が的中したかっこうだ。
「我が軍は進軍停止。ここで魔族を迎え撃つ」
作戦は次の段階に移行しようとしたが、その時間的余裕を魔族は与えてくれなかった。
「アルフレド……クビ」
辺境伯軍の上を羽ばたきながら、魔族はアルフレドに接近する。新レーエンスベルク辺境伯軍を停止し、アルムゲイルを迎え撃とうとしている姿を哄笑しながら飛び回る。
「ヒンジャク! コザカシイ!」
そう叫ぶと、魔族はアルフレドを目がけて真っ直ぐに向かっていった。
「うわあ、真っ直ぐって引くわあ」
ケスナーはそう言うと矢を思い切り引き絞る。次の瞬間、ビュゴウっという音を立てて矢が魔族に命中した。
「グアアアアアAhhhhhh!」
胸に深々と突き刺さった矢は、胸の中にめり込んでいる。しかも、刺さった部分からは煙が出ている。
「ハ、ハマヤ……」
「撃て撃て!」
間髪を入れずケスナーは命令を出し、自分も二射三射と攻撃を繰り出す。アルムゲイルはハリネズミのようになり地面に落ちる。
「ハルトマン! レンドルフ!」
ケスナーが話すのと同時に第1中隊と第4中隊の副長が躍り出る。銀のロングソードを振り上げて魔族に突撃する。
「グ、ウ、ウ……」
赤い目で二人を睨み付け、動きを止めようとする。けれども、二人の突撃は止まらない。
「おああああ!」
思い切り剣を振りかざすと、ハルトマンは魔族の身体を突き刺し、動きが止まったところで、レンドルフがその首を一閃する。二人の腰にぶら下げた金網からは、退魔香の煙が立ち上っている。魔族はなすすべもなく、その場に倒れ込むのだった。
「ヴェルレ公爵軍の魔族アルムゲイルは、ノイエラント第1中隊所属ハルトマン、第4中隊所属レンドルフが討ち取った!!!」
「おおおおお!」
ノイエラント軍は大きな歓声を上げる。人間が敵わないほど強いと思われていた魔族を、自分たちの副長が討ち取ったのだ。それは大きな歓喜を引き起こした。
「ノイエラントに栄光あれ!!」
「ハルトマン様、レンドルフ様、万歳!!」
「凄い!! まさか魔族を倒すなんて!!」
その英雄たる二人は真っ先にケスナーに報告する。魔族を討ち取った興奮に頬が紅潮している。
「隊長、魔族を討ち取りました。隊長の矢のおかげです」
「そんなことねえよ。2人のこれまでの努力の成果さ」
頭を下げる2人にケスナーは手を振る。そして二人の肩に手を掛け、その努力を褒め称えた。二人の言は真実だった。ケスナーが警戒心のない魔族に破魔矢を突き刺したことが、短時間での討伐に繋がったのだ。グラビッツはケスナーに感謝しつつ、すぐに次の命令を出す。
「伝令部隊、ヴェルレ公爵軍第一軍に魔族がいたことを大声で触れ回れ! 王国軍を動揺させるんだ」
次に、第4中隊隊長キヨマサと第2中隊副長コンラート、第3中隊副長コーパスを呼ぶ。
「三人は騎馬隊600を率いて全力で王城へ向かえ。途中、会敵した場合……」
「会敵した場合……」
「蹴散らせ!」
「おう!!」
グラビッツはニヤリと笑う。三人はすぐに600の騎馬を編成し始めた。特に第2中隊は士気が上がる。コンラートは主だった騎士を集めて宣言する。
「おい、これからイルマ隊長に会いに行くけど、お前らは留守だよな?」
「馬鹿言うなコンラート。お前が残れ! 書類作成があんんだろ! 俺は当然、隊長の笑顔を見に行く」
「俺は隊長の胸に跳び込む。お前らには触らせん!」
コンラートは苦笑しつつ、重要な点についても伝達する。
「ま、途中で魔物と戦ったり、王城の親衛隊と戦うかもしんねえけど、いいか?」
「いいに決まってる。隊長に会うためなら、それくらい楽勝!楽勝!」
「親衛隊の奴ら、仇を討ってやる!!」
元第2中隊は全員コンラートの旗下に入る。あっという間に、3つの騎馬隊が編成し終わった。馬の嘶きがあちこちから聞こえてくる。
「当主さまに加勢する。騎馬部隊、出撃せよ!!」
第4中隊隊長キヨマサが剣を抜き、雄叫びを上げる。
「おお!!!」
騎馬隊を見送ったグラビッツは、霧の晴れた湖畔で青空を見つめながら呟く。
「大将、こっちは成功したぜ! あんたの成功を祈ってるぞ!!」
両手を合わせて祈ると、すぐに事後処理を始めるのだった。




