第290話 攻撃
王国歴165年10月7日 午前9時 エルツ城近くのウェンドルフ湖畔――
ヴェルレ公爵第1部隊が急進する中、この日は霧が立ちこめ30m先も見えない状態が続く。アルムゲイルはそのことに苛立ちを感じていた。
「敵の位置が分からなければ進みようがないぞ」
そう話して偵察を前方に走らせる。アルムゲイルの第一部隊は湖の入口に到達し、そこで敵の情報を掴むために休息を取る。アルムゲイルが地図を確認すると、湖沿いに真っ直ぐ道が続いている。その道を抜ければエルツ城が見えてくるはずなのだ。湖の反対側は急峻な丘陵が広がり、木々が生い茂っていた。
1時間後に偵察が息を切らせて戻ってくる。
「アルムゲイルさま。前方約4kmの地点に新レーエンスベルク辺境伯アルフレドの軍旗を確認しました。しかも酒盛りの真っ最中です」
「……酒盛り? 罠ではないのか?」
「近くまで接近したのですが発見されることもなく侵入は容易でした。しばらく会話を聞いていたのですが、『この霧では侵攻はない』『ノイエラントは人使いが荒い』という不調和音を感じました。兵数は霧ではっきりとした数は分かりませんが、2000程度と思われます」
「分かった。ならば、すぐにでも進発だ。2000の兵を撃滅し、そのままエルツ城、レーエンスベルク辺境伯領まで奪い取ってくれる」
勇躍したアルムゲイルは、すぐに全軍に出発の命令を出す。休息中だった部隊はすぐに出発の準備を完了させる。以前、遅れた部隊の隊長がアルムゲイルに切られてからというもの、何事もすぐに行うようになった第一部隊だった。
「相手を視認するまで急ぐぞ! 今は時間との勝負だ!」
参謀が命令を徹底させ歩兵を走らせる。2000の兵が走っているとは思えないくらい、足音を立てずに前進する。約20分ほど行軍し、十分接近したと判断した参謀は速歩を落とすように命令を出そうとしたときだった。
「伝令! 我が軍の後方に正体不明の小隊を発見。人数は不明」
「後方!?」
後方に敵が展開しているはずはないと、参謀は再度、確認するように偵察を出す。アルムゲイルは後方は安全だと確信を持っており、むしろ怒りを露わにする。
「あれほど後方を確認してきたのだ。恐れによって、いない敵をつくりだしたのではないか?」
「アルムゲイルさま、万が一を考えて進軍を止めてはいかがでしょう?」
「無用! このまま進撃せよ!」
「はっ! 全軍、進撃を継続!」
軍はゆっくりと速度を落としたものの、前方へと進軍していく。霧は少しずつ晴れ、視界は60m程までに改善した。気温が少しずつ上がり始め、肌に感じる風も温かさを帯びるようになった。
「新レーエンスベルク辺境伯軍を視認。その数約2000」
どうやら、奇襲は成功しそうだとアルムゲイルが歪んだ笑みを浮かべたその時だった。
「奇襲! 後方より敵軍の奇襲を受けております!」
「何だと!!」
見るとノイエラント軍の旗が後方に翻っている。軍に動揺が広がりつつあった。
「こしゃくな! 進路を後方に転換! 敵の小バエを攻撃せよ!」
アルムゲイルが軍に方向転換を命じ、後方へ進軍を始めると、ノイエラント軍は早々に撤退を開始した。
「敵は少人数ぞ! 蹴散らせい!」
アルムゲイルが檄を飛ばし、全軍が速度を上げてノイエラント軍を追いかけていく。アルムゲイルが率いている第1部隊は後背と前方に速度の差が出て、陣形が伸びつつあった。
「アルムゲイルさま。陣形が伸びきっております。一度、部隊を再編成した方が」
「バカを言うな!! 後方の敵はわずかだ! 時間をかければ敵に逃げられるどころか、新レーエンスベルク辺境伯軍に気付かれるではないか」
「しかし……」
参謀の懸念を無視してアルムゲイルは後方の敵を追っていく。その瞬間、山から大きな声が轟き、アルムゲイルの軍に動揺が走る。その音は湖の向こうの山に反射し、より大きな雄叫びとなって響いてくる。参謀は軍を落ち着かせようと、進軍速度を緩めたその時だった。
「全軍、敵の側面を攻撃せよ!」
山の頂上から雄叫びを上げながら、謎の軍がアルムゲイル軍の側面に突撃してきた。アルムゲイルは、山に隠れていた伏兵を最後まで発見することができなかった。
「参謀! どこの軍だ?」
「緋色の鎧から、ノイエラント軍と思われます!」
まさか山側から攻撃されるとは思っていなかったアルムゲイルの第一軍は一瞬で大混乱に陥った。
「よし、俺らも攻撃だ!」
逃げていた小隊を率いていた第3中隊副長コーパスは、すぐにきびすを返していた。その頃、新レーエンスベルク軍でも大混乱を確認していた。
「どうやらノイエラント軍は側面攻撃に成功したようです。アルフレドさま、我らも攻撃に移りましょう」
レーエンスベルク辺境伯軍の参謀イグナーツはすぐに軍を移動させる。
「敵の後方から攻撃せよ!! 降伏する者には手を出すなよ!」
「マルティン卿! 突撃せよ!!」
「お任せあれ!」
アルムゲイルの軍後方をレーエンスベルク辺境伯軍がとらえ、攻撃を開始した。
「小賢しい真似を……」
アルムゲイルは親衛隊を呼び寄せ事態を改善しようとするが、既に士気は落ち、湖に飛び込んで逃げる兵が続出した。
「バカが……。弱すぎる、ニンゲンドモメ……」
「ア、アルム、ゲイルさま?」
軍が壊滅しつつある中、アルムゲイルの第一軍では新たな悲劇が始まっていた。




