第289話 謀反
王国歴165年10月6日 午前9時 ユラニア城 応接の間にて――
「も、申し上げます。先ほど、グライフ公爵領より檄文が届きました。む、謀反でございます!!」
ユラニア王国の閣僚は驚愕の嵐に包まれる。
「何事が起こったのか? あの『王国の良心』ウルリッヒ卿に限って」
国務長官ゴットフリート卿が思わず立ち上がると使者は檄文を読み上げ始めた。
「現在のユラニア王宮は魔族に支配される異常事態が続いており、このままでは王国民に多大なる犠牲が生じることを憂慮す。臣ウルリッヒは人民のため、ユラニア王国のために軍を立ち上げ、魔族を討ち滅ぼし、王国を正常な姿に戻す所存である。志ある者は我が旗下に集うべし」
宰相のマザリンは皮肉な笑みを浮かべる。
「謀反者はみな、自分に都合のよい理由をつけるものだ。自分の野心を我々に押しつけるとはウルリッヒ卿も老いたな」
多くの閣僚が曖昧に頷く中、国務長官は首を捻る。
「しかし、この檄文には、ユラニア王、マザリン卿、ヴェルレ公爵オットー卿の名前が書かれてありますぞ。名前を挙げられている方々が魔族ではないことを証明し、ウルリッヒ卿の不明を糾弾すべきではありませんか?」
「それこそが奴の狙いだ、国務長官。これは我々に疑心暗鬼を生じさせる策略とみた」
宰相マザリンは書かれている内容を強く否定する。国務長官ゴットフリートはマザリンの話に納得できず、再度、魔族ではない証を立てるように進言する。
「不敬であるうえに荒唐無稽な主張だ。さてはゴットフリート卿。卿はウルリッヒ卿の手先だな!!」
そう言い放つと、衛士を呼び、国務長官を牢に連れて行くよう命じる。
「ウルリッヒ卿はさすが謀略にたけておる。皆様もくれぐれもお気をつけください」
宰相の話に不気味な迫力を感じ、閣僚はそれ以上何も言えなかった。そこにヴェルレ公爵オットーが口を挟む。
「現在、我が公爵領に展開している諸将の軍をいくつかグライフ公爵領へ進発させましょう。3日もあれば到着します」
「よい考えだ。オットー卿。謀反人を速やかに討伐するように!」
「はっ!!」
ヴェルレ公爵がすぐに早馬を飛ばす。
「では皆様。流言に惑わされず謀反人を討伐しましょう。それぞれ軍にお戻りください」
全員が謁見の間を出ていくと、マザリンが王に邪悪な笑みを浮かべながら話す。
「殺し合ってくれるとは好都合。つくづくニンゲンとは馬鹿な生きものだ」
視線を合わせた二人から、低く暗い笑い声が響くのだった。
§
その頃、首都長官のルドルフはユラニア港のヴィフトを訪ねていた。自身の私兵である歩兵800を率いている。父親のウルリッヒが反旗を翻した以上、もう王宮には戻れない。
「ルドルフ殿。話はレオンシュタイン殿から聞いている。一緒に魔族と戦いましょう」
ヴィフトはすでに海兵隊50人を要所に配置し、魔法兵団所属の2人は隠れ家に潜伏させていた。ルドルフは配下の兵を気付かれないようにグブズムンドルの船に乗船させる。800人の兵が4艘の大型船に分乗し、矢と食料、水をどんどん積み込む。
「魔族との戦いだ。補給を済ませたら、みんな安全な場所に避難するんだ」
ルドルフの呼びかけで、港で働くほとんどの商人たちは避難していった。
§
翌10月7日、王宮にさらなる凶報が舞い込んだ。
「報告します。レーエンスベルク辺境伯領との境界に建つエルツ城が陥落しました。城に立つ旗からノイエラント軍の仕業と思われます」
「な、なんだと!!!」
「ノイエラント軍とグライフ公爵軍は連動しているのか? タイミングが合いすぎている……」
「我らの部隊がグライフ公爵領へ移動したのを見計らってか! ノイエラントの奴らは抜け目ないな」
報告を聞いた宰相マザリンは地面を蹴り、いきり立つ。すぐに傍らに控えていたヴェルレ公爵オットーに命令する。
「公爵。そなたの部隊でノイエラント軍を壊滅させてもらえないか?」
「容易いことです」
閣僚の間に動揺が走っている。グライフ公爵ウルリッヒだけではなく、息子の都市長官ルドルフまで討伐対象のノイエラントと手を組んでいる。その上、グブズムンドル帝国もユラニア王国に好印象を持たず、必ずや連携してくるだろう。しかも彼らは『魔族討伐』を大義名分に掲げている。
「卿ら動揺することはない。我が王国軍の方が圧倒的に兵の数は多いのだ」
王軍を除けば最大の兵力を有するファルケンハウゼン侯爵は全閣僚に落ち着くよう話すと、メイドに酒を持ってくるように手を挙げる。
「閣僚の皆様、まずはこの年代物の赤ワインを楽しむことにしよう。グライフ公爵がついに野心を表したのだ。討伐してユラニア王国1000年の礎を築こうぞ!!!」
グラスを掲げたファルケンハウゼン侯爵に続き、全閣僚がグラスを掲げて乾杯をする。豊穣な赤ワインの香りが応接の間に漂い始める。その香りにより、閣僚の動揺が静まっていった。解散した後、閣僚はすぐに自軍へと戻る。
ヴェルレ公爵は領地に早馬をとばし、その命令はアルムゲイル所属の第一部隊に届けられる。
第1部隊は別名不死隊と呼ばれ、どれだけ犠牲が出ても兵士が前に突き進むことで有名な部隊だ。手紙を読んだアルムゲイルは残忍な笑顔を頬に浮かべる。
「お前ら、ノイエラント軍を血祭りに上げるぞ!」
「おう!!」
隊長のアルムゲイルは2000の軍を即座に進発させ、エルツ城に急ぐのだった。
§
「伝令! ヴェルレ公爵第1部隊がエルツ城方面へ進軍中。その数2000。率いるのはアルムゲイル卿です」
「歩兵か? 騎兵か?」
「歩兵のみです」
ふんふんとグラビッツは頷き、すぐにテーブルの地図を見て戦術を考え始める。道の途中に急峻な丘陵に囲まれたウェンドルフ湖があり、周辺の地形を穴が空くくらい眺めた後、従卒に命令を出す。
「士官を作戦室に集合させろ」
「はっ」
すぐに全士官が集合し、直立したままグラビッツの言を待つ。それを見たグラビッツは苦笑し、みんなに座るよう促した。
「すまんな。俺はこんな言い方しかできねえ。でも、何も威張ってるわけじゃねえんだ」
いきなり作戦外の話が始まる。
「この中で戦が好きな奴はいるか?」
誰も手を上げない。
「だよなあ。そんなことより、お姉ちゃんと仲良くたいよなあ。それでいいんだよ。戦が強いことは別に誇れることじゃねえよ」
誰も一言も発することができないまま、グラビッツの真意を掴もうとする。
「でもな。大切な人が危ない目に遭ってたら助けたいよな。ノイエラント軍はそうありたいと思ってる。俺らの大将レオンシュタインはティアナの嬢ちゃんや他国の姫様を命がけで助けに行ってる。相手は魔族だってのにな」
あらためてそのことを告げられると、その困難さがよく分かる。
「単に惚れた女を助けにいくだけじゃねえ。大げさに言えば人類のためだ。200年前、魔族に虐殺されたレーエンスベルク領の悲劇を繰り返さないためなんだ」
そこまで話し、グラビッツは本題に入る。
「現在、接近中のヴェルレ公爵第1部隊をアルムゲイルって奴が率いている。フォルカーからの連絡によればヴェルレ公爵は魔族の疑いが高い。ということは、第1部隊にも魔族がいると考えられる」
士官たちの顔に緊張が走る。
「そのため、敵を殲滅し、かつ魔族がいないか確かめないといけない。その作戦を説明する」
グラビッツはいつもよりも念入りに、部隊の動きを説明する。
「第1中隊ハルトマン、第2中隊コンラート、第3中隊ケスナー、第4中隊キヨマサは、俺の合図があるまで絶対に動かないでほしい。そして……」
そう言ってグラビッツは一緒に作戦に参加している新レーエンスベルク辺境伯アルフレドに視線を移す。
「新レーエンスベルク辺境伯アルフレド殿には目立っていただきたいのです」
作戦を話し合い、全てが完了する頃には白々と夜が明けているのだった。




