第288話 最後の作戦
事態が動いたのは王国歴165年10月4日のことだった。
ユラニア城で仕事をしていたフォルカーが噂好きの同僚から重要な情報を得た。
「グブズムンドルの皇帝シーグルズル7世が結婚式にやってくるらしいね。その先発隊として今日魔法兵団が港に着いたそうだ」
「へえ、魔法兵団ねえ」
のんびりと興味がなさそうに話すフォルカーだが、同僚がいなくなった瞬間ギラリと目を光らせる。ユラニア城での仕事もそこそこに、急いで農園に帰ることにする。城で働いている仲間たちにも仕事が終わったら農場で話をしたいと連絡をまわしていた。
午後6時を過ぎ辺りがすっかり暗くなる中、フォルカーの乗った馬車は港に寄って一人の男を馬車に乗せていた。馬車に揺られながら、フォルカーは考えついた作戦を頭の中で何度も練り直すのだった。
「客人をお連れしました。グブズムンドル魔法兵団副団長アントリ殿です」
グブズムンドルの魔法兵団といえばユラニア王国の魔法兵団より遙かに強いとの評判の、世界一の強兵である。
「初めまして。フォレイ男爵家長男アントリと申します。ノイエラントのレオンシュタイン殿には、ずっとお会いしたいと思ってました」
丁寧に挨拶をするアントリをレオンシュタインは好意の目で眺めていた。二人は雰囲気がとても似ているのだ。握手を求めるレオンシュタインの手を強く握り笑顔を見せたアントリだったが、ティアナの名前を聞いた途端、その表情が曇る。
「ティアナと一緒に魔法を学んだのでしたね。その節はお世話になりました」
「……どうしてティアナさんが?」
誘拐された状況をかい摘んで伝えると、アントリの目に怒りの炎が渦巻いた。あのティアナさんがなぜ王国の老人と結婚しなければならないのか。優しくて素晴らしい笑顔の人に一体何があったのか。あの笑顔がもう見られないのではないかとアントリは拳を握り締める。
「レオンシュタインさん、私にできることでしたら何でもします。どうか、救出を手伝わせてください」
それを聞きフォルカーは声をあらためる。
「それでは、救出作戦を話します」
その話が進むにつれ全員の顔が曇ってくる。
「ちょっと待て、フォルカー。そんなこと不可能だ」
あまりに荒唐無稽な作戦にフリッツが頭を振る。けれどもフォルカーは目の前で軽く手を振り、それを否定する。
「フリッツさん。ユラニア王国にこの人数で喧嘩を売ろうってんだから無理は承知っス。というか、そこにしか勝機はないっス!!!」
珍しくフォルカーは真顔だった。
「この作戦はグブズムンドルの魔法兵とグライフ公爵家の兵がいてこそ成り立ちます。隙を見て、花嫁さんを掻っ攫おうって話っス」
そこにいる全員がフォルカーの気迫に気圧される。そうして作戦の詳細が話される。話し終わって、全員が納得できたわけではないが、それ以上の作戦を誰も考えつかない。ルドルフやウルリッヒにかなり無理をさせる作戦だ。
当然、魔法兵団のアントリにも無理をさせる。
でも、フォルカーは怯まなかった。
「これは魔族との戦いッス。負ければティアナさんだけではなく、多くの人が犠牲になります。そのため全てをかけなくてはならないッス」
「わしは息子の目を信じている。今の王国は魔族に支配されているといってよい。わしは戦う。フォルカー殿、是非、わしの軍をつかってくれ」
ウルリッヒはようやく頷き、その差し出された手をフォルカーは黙って握る。
「それでは早速準備をするッス」
そういうとフォルカーは少し外の空気を吸ってくると言って一人農場の外へと出かけていった。その様子を見ていたレオンシュタインは彼の後をそっと追っていく。農場の丘の上に一本のヒマラヤスギがはえていて、フォルカーはその木の幹に背中をつけて目を瞑っていた。
「フォルカーさん」
レオンシュタインはそっと声を掛けるが、フォルカーの表情は見えず、ずっと動かなかった。そうして10分が過ぎる頃、フォルカーはぽつりと口を開く。
「レオンさん、暗くて良かったッス。俺の手、ようやく震えが止まりました」
声も落ち着いている。
「王国の公爵に偉そうな口聞いて、しかも人間と魔族の戦いだなんて俺の手に余るッス。本当は今すぐ逃げたいッス!」
「フォルカーさん……」
失敗したときのことを考えれば無理もない。
「失敗してもフォルカーさんに責任はとらせませんよ。とるなら私です」
「レオンさん……」
「私だって怖いです。こんな生活じゃなく、もっとのんびりしたかったですよ。仲間に囲まれ、ティアの側でのんびりバイオリンを弾いていたかったんです」
そう言ってから口調をあらため、険しい顔つきになる。
「でもね。今、私の隣にティアはいない。だから迎えに行くんです」
いつの間にかフォルカーの目から涙がこぼれていた。ノイエラントの至る所で、幸せそうに笑ったり、けんかをしたりしている二人を、ずっと間近で見ていたフォルカーだった。
「……レオンさん。俺、負けるのが嫌なんス。魔族に勝って副宰相に上り詰める予定ッス。お金をがっぽり稼いで美女に囲まれて暮らすんです」
「そうですね。フォルカーさんには、それが似合ってます」
「レオンさん。ありがとうございます。俺にも『覚悟』ってやつができたッス」
「はい。私は信じてますよ」
レオンシュタインの顔にようやく笑顔が戻り、二人はがっしりと握手を交わした。
ついに魔族との戦いが始まる。




