第29話 許嫁と嫁の素顔
王国歴162年9月13日 朝9時頃 リンベルクの施療院にて――
朝食もそこそこに3人は大聖堂の施療院を訪れていた。この施療院でティアナの仮面がとれる可能性がある。
レオンシュタインとイルマの二人は窓際の椅子に並んで腰掛け、司祭が解呪の準備しているのを眺めていた。今まで仮面で苦労してきたティアナを知っているだけに、レオンシュタインは一刻も早く取り除きたいと願う。
「では力を抜いて」
そう言いながら司祭はティアナの仮面に手をかざす。
「解呪」
その瞬間、司祭の手が白色に光りティアナの面が少しずつ消えていく。美の女神と言われたティアナの母マグダレーナに似た顔が少しずつ現れてきた。そのあまりの美しさに動揺しながら、司祭は魔力を注いでいく。施術を続けながら司祭はレオンシュタインに説明する。
「私でも、この呪いは完全には解けません。王都シュヴァーリンでしたら解呪できる司祭がおります」
手の光が収まりティアナがゆっくりと目を開いた。
「私の魔力だと半日くらい効果が続くでしょう」
そう説明が終わると、司祭は軽い疲れとティアナの美しさに溜息をついた。明るい視界が嬉しいティアナは両手を組んで丁寧に感謝を述べる。ただ、疲れがあるのか、そのまましばらくベッドで休むことにした。
後ろで様子を見ていたイルマはティアナのあまりの美しさに言葉を失っていた。顔立ちは教会の絵画で見ている女神よりも神々しく見える。喜びと同時に胸の痛みが襲ってきたイルマは、少しうつむき加減になる。
(主が伴侶に選んでも無理はない)
しばらく下を向いていたイルマだったが、やがて口元に笑みを浮かべながら顔を上げた。確かに美人は素晴らしいけれど、自分には自分の素晴らしいところがある。今はまだ見つからないけど、きっとある。
(それは、主が見つけてくれる)
そう思いながらイルマは横に座っているレオンシュタインを見つめるのだった。
爽やかな風が室内に吹き込み、外の薔薇の匂いが部屋に充満する。その風はイルマの口を覆っているスカーフを取り払ってしまった。慌ててスカーフを拾うイルマの姿を司祭はずっと眺めていた。
ティアナをベッドの上で休息させたまま、一人納得したように頷きながらレオンシュタインの側に歩み寄っていく。
「レオンシュタインどの、こちらの女性の傷は、この施療院で消すことができます」
イルマの方を見ながら、司祭は優しい笑顔でレオンシュタインに提案する。
「それは本当ですか!!!」
「本当です。ただし、銀貨200枚(約200万円)ほどかかります」
その値段に息を飲んだイルマだったが、レオンシュタインは嬉しくてたまらなかった。イルマをずっと悩ませている傷が治るなら今すぐにでも治したい。イルマ自身も治したいと熱望していたが、口には出せない。今の自分たちにとって銀貨200枚は大金なのだ。
「お願いします」
黙って下を向いているイルマを見ながらレオンシュタインはきっぱりと答えていた。驚いたイルマは急いでレオンシュタインを振り返る。
「主、しばらく野宿が続くことになるぞ。いいのか?」
「いいよ! 治せるものなら治した方がいい」
寂しい笑いを浮かべながらレオンシュタインは迷わなかった。
助けられなかった妹のカチアのことで、ずっと後悔しているレオンシュタインを思うと、ティアナは反対だとは言えなかったし、言うべきでもなかった。
何が何でも治したいとイルマはレオンシュタインに迫る。
「じゃあ、早速やってもらおうよ」
司祭に治してほしいとレオンシュタイン頭を下げる。
微笑みを絶やさずに治療台の前に移動した司祭は、イルマをその上にいざなった。治療台に横たわったイルマは両手を組んで目を瞑る。
イルマの口を覆っているスカーフをそっと取った司祭は、顔に手をかざし治癒の呪文を唱えていた。
「さあ、力を抜いてください」
手が緑色に光り、その光はイルマの顔全体を覆う。5分くらい経った頃、光が完全に収まるとイルマの顔から傷が綺麗に消えている事が分かった。見えなかった左目をゆっくりと開いたイルマは、部屋が急に広くなったような気がした。眩しい光が目に痛い。
「こ、これは」
司祭はまたも動揺した。
目鼻立ちがすっきりと立ち、切れ長の目とまつ毛の調和が美しい。口元は不敵さを表すように口角が上がり魅力的な印象を与える。ティアナが少女の美しさとすれば、イルマは成人の美しさがあった。それだけに妖艶さが際立っている。
先ほどの仮面の少女に負けないような美女が目の前に現れた。
治療終了が告げられ、イルマはゆっくりと治療台の上に身体を起こす。ティアナと同じくらい、身体のプロポーションが美しい。何よりも胸が大きい。
「どうかな、主。治ったかな?」
眩しいのか右手で外からの光を遮りながら、イルマはレオンシュタインの方を見て問いかける。イルマの美しさに驚いたレオンシュタインは、慌てたようにイルマから視線を外してしまう。勢いよく治療台から飛び降りたイルマは、まっすぐレオンシュタインの側に歩み寄っていった。レオンシュタインの横に腰掛け、横から顔を覗き込む。
「あ、あの?」
顔が近いとレオンシュタインは抗議したかったが、言葉が出ない。
「主、私の傷は?」
さりげなく胸を密着させたイルマは、さらにレオンシュタインに顔を近づいていく。
「治、治ってますよ。イルマさん」
顔を真っ赤にしながら、レオンシュタインはイルマがいるのとは反対の方へ移動しようとする。お礼を言いながら、イルマはレオンシュタインが逃げられないように腰をがっしりと掴んでいた。




