第284話 花嫁を取り戻せ
王国歴165年9月30日 午後6時 ウルリッヒ卿の農園にて――
「ティアナさんとフラプティンナさんの状況について説明します」
背筋を伸ばしたニーナは自分の前にいるレオンシュタインたちに視線を向け、キビキビと話し始めた。いつもの、おっとりとした話し方とは全く違っている。こちらが本来の話し方なのだろう。
「4階の一番奥の扉から外に出ると、月の塔と呼ばれる20mの高さの塔があります。その塔の最上階に月の王女の部屋と呼ばれるバルコニーを持つ部屋があり、そこに二人がいます。ただ……そこに行くまでに厳重な警備が敷かれています」
テーブルに置かれた手書きの見取り図を指差しながら、ニーナは早い口調で説明する。その異様な幽閉場所は、図を見ただけでも十分に理解できる。
「お二人の状況ですが日に日に目から光が失われつつあります。レオンさんの名前を出すと少し正気に戻ることもあったのですが、最近では思い出すことも難しくなっています」
テーブルから手を離し、ニーナはため息をつく。
「魔物の香や魔眼の威力は侮れないですね。訓練を受けた私でもレジストするだけで精一杯です」
命がけで情報を集めているニーナにレオンシュタインは心から感謝を述べつつ、これからの方策について1つの提案をする。
「二人に会いたい……です。だからヤスミンと一緒にワイバーンで幽閉された塔に乗り込みます」
「それは危険です! レオンさん」
「塔に乗り込んだ後どうすんの? 二人に会えたとしても、すぐに敵に囲まれるだけだぞ!」
フリッツとイルマが反対を述べる。戦闘力が0のレオンシュタインには危なすぎるのだ。ヤスミン一人では逃げるにも戦うにも支障をきたすと力説する。ムキになって反論するヤスミンだがイルマは首を縦に振らない。
レオンシュタインは静かに話し始めた。
「フリッツさん、イルマ、ありがとう。でも二人がぼくのことを覚えているうちに……会いたいんだ」
横から腕組みしたアリカタが付け加える。
「魔物に捕らわれてからの日数を考えても二人は驚異的にレジストし続けている。でも、もうすぐ限界がくる」
ヤスミンもレオンシュタインのそばに立ち、アリカタに続ける。
「絶対に守る。危なかったら、すぐヒメルに載せる」
フォルカーもそれが一番効果的だろうと考えるがヒメルには大人が二人しか乗れない。ティアナとフラプティンナを救出するための策が立っていない。ルドルフも腕を組んだまま、物思いに沈んでいる。王国親衛隊や宮廷魔法師が守る王宮を、この10人にも満たない人数でどう攻略するというのか。
パンと膝を叩いたフォルカーは、ウルリッヒの方に向き直る。
「とりあえずウルリッヒさまにお願いです。我々を王宮で働けるようにしてもらいたいっス」
「それは構わない。もう手配してある」
フォルカーは感謝を述べつつレオンシュタインに約束する。
「レオンさま、今は妙案が浮かびませんが必ずお二人を救出してみせるっス」
俺の命にかえてもと言いかけて、フォルカーは口を結んでヘラヘラ笑いに変える。レオンシュタインがそのような物言いを好まないことを彼は十分に知っていた。
「では、ここにいるメンバーの配属先だが……」
ウルリッヒはすぐに明日からの潜入について打ち合わせを始める。もう夜はとっぷりとふけ、細い月が空に儚げに光っていた。
§
翌日からノイエラントの一行はユラニア城で働き始めることになった。城で働けないレオンシュタインとシノはルドルフの農園でヒメルに餌をあげるのが日課になった。シノは緑色の瞳ですぐにゴート族と見破られてしまうため、城に行くことはできなかった。そのため、毎日、弓の練習に励んでいた。
レオンシュタインと一緒に居られる状況を嬉しく思っていたシノだったが、レオンシュタインがあまりものを食べないことをずっと心配していた。
「レオンさま。食べなければいざという時、ティアナさんを救出できませんよ」
感謝の意を示して小さく笑うレオンシュタインだが、林檎やスープだけの毎日を送っていた。体重もみるみるうちに落ちていき、頰もふっくらした感じがなくなっていった。昼を過ぎればバイオリンの練習をしているのだけれども、その曲想も暗いものが多くなった。
ノイエラントの潜入組は城に泊まり込みで働いているため、今日もレオンシュタインとシノは二人きりで食事をとる。けれども、レオンシュタインは林檎をひとつ持って一口囓ると、そのままテーブルに置いてしまう。何か言いたげなシノを尻目に、
「少し散歩してきます」
と言い、農場の方へと歩いて行ってしまった。
その後ろをシノも遅れてそっとついて行くのだった。




