第283話 遠い記憶
王国歴165年9月28日 朝7時 ユラニア王国王城 姫君の間にて――
フラプティンナ姫とティアナ付きにされたメイドは二人の美貌に圧倒される日々を送っていた。付けられたメイドは6人で一番年若いメイドのニーナは、二人を小一時間も眺めていたことがある。やがてニーナは1つの事が気になるようになった。
(人形みたいに表情が乏しい)
いつも儚げに笑っている二人の目が虚ろで、いつも霞がかかっているように見える。
「ティアナさま、フラプティンナさま。二人がお好きなものは何ですか?」
質問をしてみても王が好きだとしか答えない。いくら何でも不自然だと考えたニーナは、ティアナにノイエラントのことを尋ねることにする。大きな鏡の前にティアナを座らせ、ニーナは髪をとかしながら笑顔で尋ねる。
「ティアナさま。ノイエラントとはどのような場所ですか?」
もう忘れてしまったわという、つれない言葉が返ってくる。手に持った金髪がサラサラで、光がこぼれているような気がする。
「ティアナさまはノイエラントの領主レオンシュタインさまとお知り合いですか?」
その瞬間、ティアナは振り返ってニーナを見つめる。その目に光が宿りつつあった。
「レオン……シュタイン?」
その瞬間、シュトラント城の門から出てくる自分とレオンシュタインの姿が頭に浮かぶ。
「レ、レオン……」
そう言うとティアナの目から涙がこぼれてしまった。慌てたニーナはティアナに謝り、中庭に散歩に行くことを提案する。肩を押しながらティアナと一緒に中庭に降りていき、庭に咲き誇っている白薔薇を眺める。白薔薇のトンネルを通り抜けて東屋まで歩き、贅をこらした長椅子に二人で腰掛ける。
歩いている間ずっと、ティアナは先ほどの名前が気にかかっていた。
(レオンという名前を聞いただけで、こんなに胸が苦しいのはなぜ?)
白薔薇に手を伸ばしながらティアナは不思議でたまらない。けれども、それが何なのか、誰なのか、はっきりと思い出すことができない。
(こんなこと考えても仕方ないわ。もうすぐ、愛しい人と結婚できるのだもの)
その思った瞬間「私は許嫁なんです」と話したことが頭に浮かぶ。「はあ?」と素っ頓狂な声を出したレオンシュタインの足をぎゅっと踏んだことを思い出す。話を合わせろと睨んだなあ……と、クスクスと笑顔になる。その瞬間、ティアナは混乱の恐怖のため、自分の身体を抱きしめてしまった。
「何? 私が私じゃないみたい! ニーナ、怖い……」
ニーナにしがみついたティアナは、頭をニーナの肩の上につけて泣きじゃくり始めた。悲しいのか、怖いのか、愛おしいのか分からないけれども、涙が次から次へと溢れてくる。ティアナの気持ちが落ち着くまで、ニーナはされるがままになっていた。
「ティアナさま。焦ることはありません。ゆっくりと思い出せばいいのです」
その様子を遠くの窓から眺めている男がいることに、二人は気がつかないのだった。
§
その次の日、帝都長官ルドルフの農園にレオンシュタイン一行が入っていった。王国歴165年9月29日 夕方17時のことである。
「レオン殿、久しぶりだな」
ルドルフは城に滞在しているとのことで不在、グライフ公爵ウルリッヒが笑顔で一行を迎えてくれた。農場の奥に小屋があり、そこは一行が気持ちよく滞在できるほどの広さと設備を備えていた。レオンシュタイン、フリッツ、イルマ、シノ、ヤスミン、ゼビウス、フォルカー、アリカタの8名は、ようやく緊張が溶ける気がした。
「ウルリッヒさま、お心遣い、本当にありがとうございます」
頭を下げたレオンシュタインはウルリッヒと握手を交わす。
「今日はゆっくりと眠ることだ。このままでは、君たちの方が先に倒れてしまう」
レオンシュタイン一行の疲労を見て取ったウルリッヒは、召使いに命じ、すぐに寝室へ案内させる。寝室へ入るなり、一行はすぐにベッドに潜り込んで寝息を立てるのだった。




