第282話 王都潜入
王国歴165年9月25日 朝10時 ユラニア王国 海辺のクラーマー村にて――
「みなさん。お気を付けて! 筋肉は裏切らない!!」
マッチョ高速船の艇長が上腕二頭筋を見せつけながら、レオンシュタインたちと別れの挨拶を済ませる。船から下りたレオンシュタインは大きく背伸びをする。休息を取らずに高速艇に乗ってきた王城潜入のメンバーはさすがに陸地にへたり込んでしまった。みんな、草の上で大の字になって目を瞑ってしまった。干物がたくさん紐につるされ、腐った魚の匂いが潮風の中に感じる。
リベ川はノイエラントの山岳部からシュトラント伯爵領を横断し、レーエンスベルク伯爵領の西を流れる大河である。ユラニア王国の最西端ラウエルス湾まで流れ、そのままレドリア海へとつながっている。そのラウエルス湾の河口に目的のクラーマー村がある。
ホーエンシュバンガウ城からリベ川渡河地点まで騎馬で2日、そこからマッチョ高速船で川を下って2日。あっという間に移動を完了していた。驚異的な速さである。陸を通ったら1週間以上の道のりである。クラーマー村はユラニア王都シュヴァーリンの西に位置し、騎馬で1日の距離にある。
「王都に近く、海に面してるのに、何でこんなに元気がないかねえ」
最初に目を覚ましたイルマは、みんなに起きろとばかりに問いかけをする。その声に一人また一人を起き上がってくる。その様子を村人は黙って座りながら、ぼんやりと見つめている。イルマが呆れたような声を出すのも無理はない。一番近くにいたお爺さんと話をしようとレオンシュタインがにこやかな表情でそばに寄っていく。
「私たちは旅の巡礼で王都の大教会まで行く予定です。馬を使いたいので売っていただけませんか?」
「……この村の馬は全部、王都に持っていかれたよ」
だるそうに頭を振ったお爺さんが小さな声で答えていた。今、王都まで行くには乗り合いの馬車しか移動手段はないらしい。馬車乗り場を教えてもらうと、その指の先に大型のぼろ馬車が目に入る。御者に話しかけるとすぐに出発できるとのことで7人は急いで荷台に乗り込んでいった。
レオンシュタインたちの他に乗り込む者はいない。道は舗装されておらず、黄土色の土が風に舞って埃っぽい。
「じゃあ、行きますよ」
7人だと馬がきつそうだと御者に言われたことから、フォルカーとゼビウスが馬車の横を歩くことにする。ゆっくりと馬車は東へ走り出した。進むにつれて海の匂いが少しずつ弱まり、やがて丘陵地が広がる中をゆっくりと走っていく。見渡す限り牧草地が広がる中、馬を一頭も見ることはできなかった。
御者は30前後の農家の若旦那という感じの、人の良さそうな笑顔の男だった。
「いやあ、久々のお客さんですよ」
そう言いながら手綱を握り、安全運転を心がける。雑談をしながら途中で昼食をとり、午後5時には村と王都の中間地点までたどり着く。
「今日はこの広場で休みましょう。私は向こうにおりますので何かあったら声を掛けてください」
そういうと男は少し離れた場所で火を起こし、そこで夕食を食べ始めた。ノイエラントの面々も焚き火と寝床をつくり出す。女性陣が荷台を寝床として使うことに決まり、男性陣は焚き火の周りで雑魚寝となる。準備していたパンと林檎だけの簡単な食事を済ませると、レオンシュタイン一行は疲れもあり、すぐに眠ってしまうのだった。
レオンシュタイン一行が眠ってしまったのを見計らい、御者は紙に何かを記入し始めた。足音を立てずに馬を繋いでいる場所に近づき、手綱を外そうと手を伸ばす。
「そこまで! 少しでも動いたら命はないッス。剣を捨てるッス」
男の首筋にナイフが突きつけられていた。剣を帯びた腰のベルトを外した御者は、無造作に前に投げ捨てる。いつの間にか御者の後ろにはゼビウスが忍び寄っており、素早く麻紐で後ろ手を縛っていた。諦めたような表情の御者はゼビウスのなすがままだった。
レオンシュタインたちの寝ている場所まで連行された御者は、そこに寝たはずの一行が全員起きていることに気付いた。
「素直に白状するッスよ」
御者は自分がユラニア王国の諜報員であること、川からの侵入者に気をつけていたことを告げる。王国では定期的にクラーマーへ馬車を派遣して警戒しているとのことだった。
「お前の命の引き替えに、この馬車と、もっている情報を全て出すんだ」
それほど王国への忠誠度が高くなかったのか、御者はゼビウスの申し出通り、いろんなことをあっさりと話し始める。
「何で、こんなに教えてくれるのかな?」
フリッツが優しく尋ねると御者は急に顔をしかめる。
「今の王になってから生活は苦しくなる一方だ。この戦争だって本当は必要ない!」
一般兵ほど、この戦争に大義がないことを見抜いており、全てを話した御者は気持ちが楽になったようだった。
「俺、寝てもいいかな? もう王国には戻れないだろうし、明日、村に戻ってからどっかへ逃げるよ」
「あっ、ちょっと待って!」
レオンシュタインは懐から小金貨3枚を取り出す。
「情報ありがとうございました。どうか、お気を付けて。気が向いたらノイエラントに来ませんか?」
「ま、まあ、気が向いたらな」
信じられないという風に、御者はレオンシュタインの顔をしげしげと眺める。
「お礼と言ってはなんだが……城に入りたいんなら、これを持ってけ」
鉄のプレートで作られた10cmほどの身分証明書を差し出した。
「俺は第2諜報部の所属で名はデニス。ヴェルレ公爵領のザスニッツの生まれだ。聞かれたらそう答えるといいよ」
そう言うと男は離れた寝床に戻り、焚き火に枝をくべると横になってしまった。レオンシュタインたちは少し先に進んで新たな寝床を作り、デニスが心変わりしないか観察していた。結局、翌朝までデニスは動かなかった。
「王都に行きましょう」
フリッツの手綱さばきで、馬たちはゆっくりと東に向かって進んでいく。日がもうすぐ地平線に沈みそうな頃、レオンシュタイン一行は王都の入口まで着いていた。門をくぐろうとすると門番に止められたため、フリッツはデニスからもらった身分証明書を手渡す。
「第2諜報部のデニスだ。馬車の調子が悪いから戻ってきた」
門番はフリッツに形式的な取り調べをして、すぐに通してくれた。進路を東側にとったフリッツは、まずグライフ公爵の嫡男ルドルフの農園を目指すのだった。




