第281話 結婚式が決まる
王国歴195年9月20日 ユラニア王城 朝の定例会議 大広間にて――
この日、ユラニア王国の定例会議は異例なものとなった。ユラニア王が入場する後を2人の乙女が付き従って来たのだ。一人はライトブルーのドレスに身を包んだフラプティンナ姫、もう一人は薄い黄色のドレスを纏ったティアナである。前を行く王よりも二人のオーラが周囲を圧倒していた。
王が椅子に座ると二人の乙女は一緒の椅子に座り込む。右と左で王を包むような形で、王にしなだれかかっている。王が席に着いたのを見計らって、宰相マザリンは声をあげる。
「会議の前に卿たちに慶事を伝えたいと思う。10月10日、ユラニア王の結婚式を執り行う。花嫁はここにいるフラプティンナ姫、ティアナ嬢だ」
会議に参加していた貴族たちの間にざわめきが広がっていく。齢が60歳となっている王に、このような可憐な妻が二人も誕生するとは、まさに晴天の霹靂だった。その二人の美貌は今まで見たどの姫君よりも美しく、貴族たちの心を鷲摑みにした。
「さすが我が王よ。あのような美姫を二人も手に入れるとは」
「一人は帝国から、もう一人は昔の公爵家の生き残りと聞いたが……」
「これは羨ましい。私もあのような乙女を側にはべらせたいものだ」
ティアナと面識のあるグライフ公爵ウルリッヒは真っ直ぐ前を向きながら顔色を変えなかったが、密かに心を痛めていた。
(あの輝くような笑顔のティアナさんが、生気の無い目で儚げに笑っている。何があったというのか)
首都長官のルドルフは全く無表情を貫いたままだ。そこに新たな情報が伝えられる。
「報告します。レーエンスベルク領に攻め込んだノイエラント軍ですが、辺境伯長男アルフレドと手を組み辺境伯ハイルヴィヒの軍を撃破した模様です。現在レーエンスベルク領はアルフレドの統治下にあります」
周囲の重臣たちは一様に驚く中、ウルリッヒは発言を求める。
「宰相。これから、どうされるのですか? 旧アルプレヒト公爵の娘ティアナ殿は既にユラニア城におります。とすればノイエラントに攻め込む道理がないのではありませんか?」
「いや、戦争は継続だ。すぐに姫を差し出さなかった国は誅伐せねば」
その回答にウルリッヒは色をなして反対する。
「ノイエラントへ攻め込むにはレーエンスベルク領を通る必要がある! 中央には難攻不落のホーエンシュバンガウ城が存在し、いくら我が軍が精強とはいえ無傷では済まないぞ。避けて通れば、補給部隊を狙われることは必定。地の利はノイエラント側にあるのですぞ!」
軍事長官もそれに賛同し発言をつなげる。
「グブズムンドル帝国はどうするのですか? 聞けば結婚の許可をまだ得ていないとのこと。そのためシーグルズル七世が出兵してくる可能性があります。強力な魔法兵団に我が王国が叶うのですか? 我が国の魔法兵団は、今や弱体化しているというのに」
言外に粛正の弊害を匂わせる。それらを聞きながら宰相は顔色も変えずに返答する。
「グブズムンドル帝国だが、現在、飢饉となっており軍事侵攻の可能性は低い。また、ユラニア王は緊急で50万人分の小麦を提供することを決定した。互いの国がよしみを深めることに否はあるまい。ノイエラントに関しては、まずはレーエンスベルク領の城を落とし、粛々と兵を進めていくばかりだ。あのような小国、我が国に仇なすことなどできやしまい」
ウルリッヒ卿は机を叩きながら反論する。
「宰相。もう一度言う。ノイエラントが占領しているホーエンシュバンガウ城を落とすことすら容易ではなく、そこを突破したとしても1ヶ月以上かけて行軍しなくてはならん。なぜ、そこまで王国の兵士たちを危険にさらさなければならないのか!」
軍事長官も軍事的な不安を指摘する。
「ウルリッヒ卿の指摘通りです。しかも、敵は後方攪乱によって我が軍の補給線を断ち切るでしょう。ヘレンシュタイク公国がノイエラントと同盟を結んだという報告もあります。ここは、冷静な判断が必要と思われます」
重臣一同、同意の頷きを見せる中、ヴェルレ公爵オットーはその意見に反対する。
「レーエンスベルク領は今、統治者が変わったばかりで人心が安定しておりません。流言によって攪乱し、攻め込むのも容易いと思います」
推測に基づく楽観論だがマザリンはその言をよしとする。
「王よ。どのようにいたしましょう?」
乙女たちの髪の感触を楽しんでいた王は、その場に立ち上がる。
「ノイエラントを誅殺せよ」
と一言だけ話すと、また座ってしまった。2人の乙女たちは、なだめるような表情で王を見つめている。帝国宰相マザリンはゆっくりと会場にいる全員を見渡しながら、言に力を込める。
「王のご裁可が下された。ノイエラントへの軍事侵攻を継続する」
会議場の雰囲気が一瞬で凍り付いてしまった。何ら勝算もなく、大義もない戦いに攻めこむことが決定したのだ。ウルリッヒは、もう何も言うことができなかった。絶望の眼差しを王と宰相に向ける。
「全軍をもってノイエラントに進撃する。各領主はヴェルレ公爵領へ兵を進軍させよ」
そこまで話を聞き、典礼長官はおずおずと口を開く。
「では、結婚式はどうなるのでしょう? ほとんどの貴族が戦に出ることになります。出席者はいかがいたしましょう?」
「そうだな。戦争中であることを考えれば、警備のためにオットー卿が参加するくらいで、あとは貴族の家族や子弟が参加すれば良いのではないか。10月8日までに入城し、迎賓館でお休みいただくと良い」
体のいい人質である。マザリンやオットーと対照的に参加者の目は暗くなる。その後、話し合われたグブズムンドル帝国への援助や結婚式の詳細などは、ウルリッヒを始め、参加者一同の頭には全く入ってこなかった。
王国は暗黒へと突き進んでいった




