第276話 船内の密談
王国歴165年9月10日 夜7時 ユラニア港に停泊中の外洋船『スキールニル(輝く者)号』にて――
「夜、首都長官ルドルフ殿が我が船の近くに来る。姿を見かけたらすぐに俺に知らせてくれ」
ボサボサの頭と髭を触りながらヴィフトは見張りに答える。あれほどおしゃれに気をつかうヴィフトが、2日間、風呂にも入らず髭も剃らなかった。話しかけた一人は帝国騎士団副団長ヨークトルであり、もう一人は魔法兵団で頭角を現している魔法兵団副団長アントリだった。
ヴィフトは二人に全てを打ち明けていた。
「まさか。あの聡明なフラプティンナ姫にそんなことが……」
「王国め。卑劣な罠をかけたな。俺が叩き斬ってくれる!」
二人と共にフラプティンナ姫を奪還する計画を立てていたヴィフトだったが、この船には50名の兵士しかいない。魔法を使える者はアントリを含めて3人しかいなかった。
「ルドルフ殿が来るのを待とう」
20時が過ぎ21時になっても、それらしい人影は現れない。22時になり、23時になる頃、酔っ払いが船にフラフラと近づいてきた。
「さ、酒を、くれよ」
酒臭い息を吐きながら立っているヴィフトに酒をねだる。フードの奥には聡明な瞳が光っていた。
「しょうがないな。じゃあ、うちの船に来るか」
「酒が飲めるなら、どこでも行くよ」
男に肩を貸しながらヴィフトはタラップを登っていく。タラップを引き上げると、船は陸から隔離されることになる。船室に案内された酔っ払いがフードを取ると、そこに首都長官のルドルフが現れた。船室の奥で顔を付き合わせながら4人は話を進めていく。
「宰相のマザリンが魔族だというのですか?」
「……はい」
ルドルフは父に話したことを再度3人に話して聞かせる。以前、廊下でぶつかったときにサングラスが取れ、素顔を見たのだそうだ。
「瞳の奥が猫のように縦長だった。疑念を持った私は部下に聖水が彼の腕にかかるように一芝居打ってもらったのだ。その結果、かかった部分から細い煙が立ち上った。マザリン卿は慌てて隠したが、俺は確かに見た!」
王国の中枢に魔族がいるという話は、にわかには信じ難かったが、ヴィフトにはそれを信じるだけの理由があった。
「姫が王と婚約したことも、それに関係していると思う。でも、どうすればよいのか……分からない」
それに関してルドルフは一つの提案をする。
「ゴート族は長い間、魔族と戦ってきた歴史があります。レオンシュタイン殿の配下に魔族を倒した者がいたように思います。対応を相談してはどうでしょう」
ヴィフトはすぐにでもそうしたいが、現在レーエンスベルク領と戦争中のため不可能だとルドルフに告げる。
「我が密偵からの情報によると、ノイエラント軍および辺境伯長男アルフレドの連合軍が、旧辺境伯軍を撃破したそうですよ」
ルドルフからの情報にヴィフトは思わず右手を握りしめる。
「では、レオンシュタイン殿はどこに?」
「断定はできませんが、ホーエンシュバンガウ城にいる可能性が高いと思います。早馬でしたらここから5日ほどで到着します」
ヴィフトは手配することをすぐに決定する。すでに早馬を出していたルドルフは魔族退治に関する依頼を行ったとのことだった。
「王国は魔族に対して、どのように対応するつもりですか?」
いずれ自分たちが戦う魔族のことは、どのようなことであっても知っておきたい。
「……実は、宰相だけが魔族かどうか分からないのです」
船室の中の空気が凍る。
「ルドルフ殿。そ、それは……」
「はい、さらに多くの魔族が暗躍しているものと思います。宰相だけではなく……」
恐ろしい話だ。魔族が王国を乗っ取っていることになる。
「現在、我が父が領地で兵を動員しております。けれども魔法兵が足りず心配しております」
相次ぐ不祥事でユラニア国の魔法兵団は、団長、副団長クラスが代替わりしたため、以前よりも戦闘力が下がっているともっぱらの評判だった。
「帝国の魔法兵団はどうですか?」
ルドルフが水を向けると、アントリは帝国には多くの魔法兵団があると自信を込めた声で伝える。ただ、ここに連れてくるまで往復で11日ほどかかる。
「魔法兵団の派遣を依頼できるのですか?」
ルドルフの言葉にヴィフトはため息をつく。
「姫がいきなり婚約では、陛下の許可が得られそうもないです。それどころか討伐軍の派遣すら考えられます」
「ですよね……」
最愛の娘がいきなり老人の妻となってはシーグルズル七世も心穏やかではいられないだろう。
「姫を取り戻すためと伝えれば、最終的にルドルフ殿の考える形になるかもしれませんね」
結局、グブズムンドル帝国に魔法兵団を派遣してもらうこと、対魔族に対して協力していくことが決まる。真夜中を大分過ぎてからルドルフは陸地へ戻っていった。力強い仲間を得たものの、王国のあまりのおぞましさに、フラプティンナ姫の身を案じてしまうヴィフトだった。




