第274話 マジ? 姫が老人と?
王国歴165年9月8日 午前10時 ユラニア城 迎賓館にて――
フラプティンナとヴィフトは時間通りに大広間に着き、椅子に座りながら宰相の到着するのを待っていた。時間が少し過ぎる頃、宰相のマザリンが現れる。
「これは、お二方、おはようございます。昨日はよく眠れましたかな?」
優雅に挨拶をしたフラプティンナは、よく眠れたと笑顔で返答する。本当は不安のため、夜遅くまで眠れなかったのが実情だった。
「ユラニア王が姫との出会いを今か今かと待っております」
嬉しそうな声のマザリンが、すぐに別室へ移動するように促した。ヴィフトも一緒に移動しようとすると、やんわりと宰相に止められる。
「陛下は姫と二人で話したいとの仰せです。ヴィフト卿はここで、お待ちください」
さすがにこの申し出にヴィフトは黙っていられなかった。
「これは異な事を! 姫さまを一人で交渉の場へなどと外交的にありえないではありませんか」
「陛下には時間がありません。こうしているうちにも時間は減ってしまいますぞ」
色をなして抗議するヴィフトに、マザリンは冷たく言い放つ。ヴィフトは立ち上がり、すぐに国に戻ることを提案しようとしたが姫に目で制される。
「ヴィフトが失礼をいたしました。早速、陛下にお目通りいたしましょう」
フラプティンナの目に決意の色が浮かぶのを見て、ヴィフトはぐっと自分の言葉を飲み込んだ。自分の一言で、グブズムンドル帝国の民が飢えてしまうことは避けなければならない。けれども姫が無理難題を突きつけられるのは目に見えている。何も出来ない自分を情けなく思うヴィフトだった。
そんなヴィフトをフラプティンナを優しく眺め「では、参りましょう」と、マザリン卿のあとをついていった。王の待つ部屋へ行くために、フラプティンナは灰色の長い廊下を歩いて行く。前を歩くマザリンは言葉が少なく、姫は不気味な雰囲気を感じていた。
奥まった薄暗い部屋にたどり着くと、マザリンはドアを開け「こちらでございます」と、姫を誘導する。期せずして唇を噛み、その恐怖を乗り越えるように部屋に入っていった。
(臭!)
思わず鼻をハンカチで覆ってしまうほどの香が室内に焚かれている。その部屋には窓がなく、朝であるにも関わらず蝋燭が灯されていた。6m四方の石造りの牢獄のような部屋に、2つの椅子と花の彫刻が施された優雅なテーブルが置かれている。
ユラニア王は、その1つの椅子に腰掛けていた。
その眼差しが怖い。60歳と聞いていたが、それよりも遙かに老けて見える。髪はほとんど白くなっており、肌にはつやがなく目にも生気が無い。その代わり目の奥では赤暗い情念の炎が燃え盛っているような感じを受ける。
「ユラニア王にお目通りが叶いまして、この上ない喜びでございます。グブズムンドル帝国第2王女フラプティンナ・ロズマーリンでございます」
カーテシーを交えながら優雅に挨拶をする。ユラニア王は不気味な声で返答し、すぐに本題へと入る。
「フラプティンナ姫、我が妻となって両国の結びつきを深めようぞ。それによって、食料援助にも応じようと考えている」
「ユラニア王もご冗談がお好きと見えますね。私のような小娘は陛下には相応しくないと存じます」
前置きもなく、いきなり本題に入ってくる王の申し出を、フラプティンナは冗談として話を交わそうとする。けれどもユラニア王は、同じ台詞を繰り返す。フラプティンナは機転を利かせて、それをはぐらかすも、なぜか頭がぼうっとしてくる。
(いけない。睡眠不足かしら)
可愛い頬を叩きながら笑顔で対応する。
「たいした精神力だ」
それを見たマザリンは誰にも聞き取れない声で呟くが、そのあとは無表情になる。そのあと、何度も同じ問答が繰り返されるがフラプティンナはその全てをかわしてしまった。
「姫の聡明さは分かった。とりあえず、我が国からの婚約の申し込みは取り消そう」
思わずフラプティンナに安堵の笑みが浮かぶ。それを見逃さすマザリンはテーブルに置いてあった箱を開け、フラプティンナに見せていた。中には金の指輪が2つ入っていた。
「フラプティンナ姫。これは魔力の指輪といって、つけた者の魔力を増大させる力を秘めております。姫も魔法の使い手と聞いております。こちらは訪問の記念に王国からプレゼントさせていただきます。ぜひ、一度、お試しください」
贈り物であれば拒む理由もない。マザリンから指輪を受け取り右手にはめようとする。
「姫、これは左手の薬指でしか効果を発揮いたしません。左手でお試しを」
と促される。普段のフラプティンナであれば、おかしいと気付いただろう。けれども、部屋に漂う匂いと交渉をはね除けた安堵が彼女の警戒心を下げていた。言われるがままに左手の薬指に指輪をはめた瞬間、フラプティンナの全身が青暗い煙で包まれる。
ユラニア王は煙が収まるのを待ち、もう一度フラプティンナに話しかける。
「フラプティンナ姫、どうか我が妻となってくださらんか」
生気のなくなった目でフラプティンナはユラニア王を見つめる。
「嬉しゅうございます、陛下。謹んでお受けいたします」
そう話すフラプティンナの目から一筋の涙がこぼれ落ちていった。




