第273話 帝国と王国
レーエンスベルク領との戦争が一段落ついた頃、帝国と王国で別の戦争が勃発していた。
王国歴165年9月7日、ユラニア城迎賓館での出来事である。
「このたび両国の親善のために、王国を訪れることができまして心より嬉しく思います。私はグブズムンドル帝国第2王女フラプティンナ・ロズマーリンと申します」
優雅な挨拶をし正面を見つめるフラプティンナ姫の姿から、王国の重臣たちは目を離せない。飾り気のない薄いピンクのドレスであるにも関わらず、輝くほどの美しさである。ライトブルーの短髪に同じくブルーの瞳が映える。生き生きとした眼差しと長い睫は、自然に目を引きつけてしまう。
白く透き通る肌、頬に薄桃色がさし快活さを感じさせる。鼻筋が整い、唇は桜花と同じく淡く、愛くるしい。ガラスの鈴を連想させるソプラノの声が心地よく響く。
「ようこそ、ユラニア王国においでくださった。歓迎いたします、フラプティンナ姫」
宰相のマザリンが重々しく歓迎の言葉を述べる。迎賓の館は金を基調とした贅を尽くした装飾で囲まれており、眩いばかりの光で包まれている。調度品も一流の絵画や置物ばかりで、美術館と見まごうばかりである。
「聞くところによると、グブズムンドル帝国は今年も凶作との報を受けております。ユラニア王国でも心を痛めております」
「ご心配いただき、ありがとうございます。王国の寛容にすがり、両国のよしみをもって、ご援助いただければと思っております」
「よしみ……とおっしゃるには、帝国と王国の繋がりは薄いですな。血のつながりもありませんし」
軽く頭を下げるフラプティンナをマザリンは冷えた目で見つめていた。血のつながりを強調するあたり、宰相の狙いが透けて見えるようだ。それをフラプティンナは笑顔でかわしていく。
「文化的な交流も進めていければと思います。私もバイオリンを嗜みますので」
話をかわそうとするがマザリンは乗ってこない。
「昨年度、わが王から姫に婚約を申し込みましたが、断わりの返事をいただいております。一方では友好を拒み、一方では援助を求める態度は友好国の振る舞いとは思えませんな」
「その望みを叶えられず心苦しく思っております。ただ、一度も面識のない方と婚約するのも失礼かと思いましたので」
大国の宰相相手であってもフラプティンナは一歩も引かない。笑顔でありながら、さながら見えない剣で斬り合うほどの緊迫感を感じさせる。
「なるほど。姫は才媛でいらっしゃる。それでは、わが主にお目にかかってはいかがでしょう?」
突然の申し出に、フラプティンナも戸惑いを隠せない。
「確かに一度も面識のない方に親しみをもてないのは道理。ただ、わが主は王国の主に相応しい器量の持ち主です。早速、明日にでも面会をされては」
マザリン卿は話を進めてくる。ただ、あまり感情を感じさせない話し方がやや気になったフラプティンナは即答を避ける。そこでヴィフトが話を続ける。
「マザリン卿のご提案は、まさにわが国の誉れとなりましょう。ただ準備もございますので、この場での即答は避けたいと存じます」
「ヴィフト卿。わが王国が常に寛容であると思われては困りますな。わが王は連日、領主からの面会で忙しく1年も待たされる貴族もいるほどです。明日が無理ならば、それまでの話。真に無礼千万」
ヴィフトの話を途中で遮り、マザリン卿はやや言葉に不快を混ぜた話しぶりになる。
「ヴィフト、控えなさい。マザリン卿、配下の無礼をお許しください。明日、お目にかかるのを楽しみにしているとお伝えください」
ヴィフトを叱る形でその場を取りなしたフラプティンナを見ながら、マザリン卿は薄く笑う。
「さすがに姫はご聡明ですな。それでは明日の9時にこの場においでください」
緊迫したユラニア王国との謁見が終了する。フラプティンナとヴィフトも大広間から退出し、迎賓館に併設されている宿泊場所へと移動する。
「ヴィフト、ごめんなさい」
「いえ、ありがとうございました。まさか、あれほど強行とは思いませんでした」
叱責を詫びるフラプティンナに、ヴィフトは逆に礼を述べて首をかしげる。
「困りましたね……。援助と婚約をセットにしてくるようですね、王国は」
フラプティンナはすっと冷えた表情になり考えを巡らす。レオンシュタインと会う前の、誰にも気を許さない表情だ。
「フラプティンナさま。言質を与えてはなりません。杞憂とは思いますが」
明日の謁見に向けて、ヴィフトは最終の打ち合わせをする。このあと姫のいる場所は立ち入り禁止となるため、連れてきたメイドに世話を任せるしかない。
「相手を怒らせず、しかもわが国への援助も引き出せればよいのですが」
メイド一人を残し、ヴィフトは去って行った。窓の外の景色を眺めながらフラプティンナは小さな声で独り言を呟く。
「レオンさま……」
「姫さま、何かおっしゃいましたか?」
メイドが尋ねてくるのをかわし、その日はすぐベッドに潜り込む。翌日は一筋縄ではいかない交渉が控えている。しばらくは眠りにつけないフラプティンナだった。




