第27話 兄の執事
王国歴162年9月12日 17時頃 リンベルク近くの街道上にて――
自然にイルマはレオンシュタインの前に立ち、ティアナもレオンシュタインの横で馬車を凝視している。何があっても、すぐに対応できるように詠唱も始める。
馬車から2人の男がゆっくりと降りてくる。
一人は次兄マインラートの執事で、いつも灰色のスーツを着ている50歳くらいの男だ。頭も灰色なため常に影のような印象を受ける。
もう一人は昔から執事のまわりをちょろちょろしていた男だとティアナは記憶していた。どちらにも悪い印象しかない。
執事はゆっくりと3人に近づくと優雅に挨拶をし、マインラートからの伝言を話し始めた。
「ティアナさまを苦しい旅に出したのは本意ではない。是非、城に戻り自分付きのメイドとして働いてほしい、とマインラートさまはおっしゃっておいでです」
なぜ急に戻ってほしくなったのかと、レオンシュタインはのんびりと尋ねる。まるで事前に考えてきたというふうに使者は淀みなく答えていた。
「ティアナさまがいなくなって、仕事に支障が出てくる部署が出てきたのです。メイド長からも是非、戻ってきてほしいと懇願されています」
それを聞いていたティアナは苦笑を抑えられない。自分を一番の問題児として、レオンシュタイン付きにしたのはメイド長ではないか。
「ありがたいお話ですが、私はレオンシュタインさまの従者として、旅の終わりまで付き添いたいと思います」
きっぱりと断りの言葉を伝える。
けれども、執事は悠然とレオンシュタインには別の従者をつけることを伝えてきた。近くに控えていた男を手元に呼び寄せる。
ティアナはこの男をはっきりと思い出した。名前をヴェルグルといい、城にいた頃にレオンシュタインを陰で散々馬鹿にしていた男だった。
レオンシュタインも困った顔のままだ。
「レオンシュタインさまのお世話を、その方ができるとは思えません。どうか、マインラート卿にはご厚意に感謝しますとだけ、お伝えください」
やんわりとティアナが断ると、ヴェルグルがガチャガチャした声を発する。
「ティアナさま、ご心配にはおよびません。レオンシュタイン卿の安全は、このヴェルグルにお任せください。食事などについては、きちんと手配させますゆえ」
うやうやしく話すヴェルグルだが、気持ちが全く感じられない。
そこにイルマが口を挟む。
「私はレオンを守ることになってるんだけど、魔法に関してはどうすんの? ティアナがいないと、魔法への対処が大変なんだけど」
ヴェルグルはニヤリと笑いながら、自分は魔法が使えると得意げに話してきた。見ていろとばかりに呪文を唱えると、手のひらに小さな火が現れる。
そのまま路地裏に向けて放った火の塊は、それなりに威力がありそうな大きさになり道の上に燃え盛っていた。
けれども、ティアナと比べると力の差は歴然としていた。
「できることは分かったけど、ティアナの方がいいんじゃない?」
正直な感想をイルマは漏らすが、執事は全く意に介さずに話を進めていく。
「では、城に戻りましょう。この馬車にお乗りください」
有無を言わせないやり方にティアナは少しずつ苛立ち始める。
再度、レオンシュタインと一緒にいることを伝えると、ヴェルグルが本性を表し下卑た未来図を語り始めた。
「マインラートさまに従えば第2夫人も夢ではないぞ。そうなったら何もかもが思い通りになるではないか」
執事もそれに続ける。
「たかがメイドが子爵家のマインラートさまに見初められること自体、その御厚恩に伏して感謝すべきではないか。その栄誉、幸運は何事にも変え難いことぞ」
自分の言葉に酔ったように執事は語り続けていた。
「レオンシュタイン卿の世話は誰でもできる。けれども、マインラートさまのお世話はお前しかできない事なのだ」
勝手に役割を決めるなとティアナは苛立ち、話が終わるのを待って、ゆっくりと自分の思いを話し始める。
「私はずっとレオンシュタインさまのお側におります。それは、誰の命令でも変えるつもりはありません。どうぞ、お引き取りを」
きっぱりとしたティアナの言葉にヴェルグルは苛立ちを隠そうともせず、魔法の詠唱を始める。
「所詮は下賤のメイド。マインラートさまの情けが分からないなら力づくでも連れて帰るぞ!」
その瞬間、ティアナはその場から跳び退き、素早く詠唱を始めていた。
ヴェルグルは目を細め、
「なめんなよ」
と言い放ち、馬鹿にするような態度で詠唱を始める。ティアナの雷の矢は、まっすぐにヴェルグルに向かっていった。ところが、身体に触れる寸前の所で弾かれてしまう。見かけによらず強い魔力を持っていることにティアナは舌打ちをする。
その横では執事とイルマが剣を交えていた。
「下賤な剣ながら、なかなかの強さだな」
「剣に下や上があるかよ」
執事は明らかに正統の剣を学んでいる動きで、イルマの剣を圧倒している。剣から火花が上がり、ギンギンと鉄がぶつかり合う音が響き渡った。
後ろに一歩また一歩とイルマは後退していった。
「ここまでだ。お前もなかなか強いな。私の奴隷として仕えないか」
その瞬間、イルマの目が光る。
「誰がお前なんかに仕えるか。私の主はレオンシュタイン、ただ一人」
ガンという異様な金属音が響くのと同時に、執事の剣は根元から折れ、少し離れた地面にバサリと落ちる。
執事の首に剣を突きつけたイルマは「動くな」と厳命する。
横ではティアナもヴェルグルを拘束していた。ティアナが放った雷の魔法を防ぎきれずに、感電している。
二人を紐で結びつけると、レオンシュタインは優しく話しかけていた。
「どうか、このまま帰ってもらえませんか。ティアナは私の世話係として兄上がつけてくださった従者です。このまま旅を続けると兄上にお伝えください」
そう言うと縄を解いた。
口を開こうとする二人だったが、ティアナやイルマが厳しい目で見つめているため何も話すことができない。捨て台詞を吐いて馬車に乗り込み、その場を去ってしまった。
「これで諦めるかな?」
レオンシュタインは願望を込めてつぶやく。
「いや、人間、色と欲には限りがないから。また、来るかもな」
何でもなさそうにイルマは話す。
「マインラートは執念深いから、気をつけないといけないね」
やれやれとティアナも首をすくめる。
「それより、いいのかい? 子爵家のプロポーズを断って?」
少し声のトーンを落としてレオンシュタインが話すと、ティアナは心外とばかり頬を膨らませた。
「私はレオンを助けるために旅をしてるんだよ。それに……許嫁だし」
声に怒りを混ぜながらを話してくる。
「ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ」
ティアナの機嫌はなかなか直りそうになかった。
目の前にはリンベルグの門がそびえ立ち、レオンシュタインはティアナの機嫌を取りながら灰色の門をくぐるのだった。




