第268話 後退せよ
王国歴165年8月28日 朝14時 シュパレン城前の平原にて――
「我が領土を侵すノイエラントの命知らずどもに、正義の鉄槌を食らわしてやろうぞ!」
剣を高く掲げた辺境伯次男ゲオフルは大音声をあげ、周囲の兵たちが呼応して雄叫びを上げる。辺境伯軍は大きく分けて3つの陣が展開していた、前衛には、中央がゲオルフ率いる歩兵部隊1200名、左翼は猛将ミクローシュ伯爵率いる歩兵1000名、右翼はスティボル男爵率いる騎兵500名が方陣を構えている。
中衛は辺境伯ハイルヴィヒ率いる重装歩兵1500名が円陣を、後衛にはジクモンド男爵率いる歩兵800名がUの字型の陣を敷いていた。辺境伯家次男ゲオルフは傍らの参謀ゼルゲルトに、戦場の地名を訪ねる。
U 後衛 ジグモント男爵
○ 中衛 ハイルヴィッヒ本陣
■ ■ ■ 前衛 左からスティボル男爵、中辺境伯次男ゲオルフ、右ミクローシュ伯爵
「ここはラグニット平原と申します」
「そうか、ではノイエラント軍を壊滅させる地として覚えておかねばな」
「はっ!」
一方ノイエラント軍は、5段構えの横陣が展開されている。ゼビウス率いる第1陣1000名、ケスナー率いる第2陣1000名、グラビッツ率いる第3陣1000名、キヨマサ率いる第4陣1000名、そしてレオンシュタインの率いる第5陣400名が展開していた。
===== 第1陣 ゼビウス
===== 第2陣 ケスナー
===== 第3陣 グラビッツ
===== 第4陣 キヨマサ
〇〇〇 第5陣 レオンシュタイン
第1~第4陣は全て歩兵であり、長弓も備えていた。第5陣だけは騎兵で、レオンシュタインを守る手練れが揃っていた。次席参謀としてシノが傍らに控えている。
また、独立軍として辺境伯軍の後方にヘレンシュタイク公国軍の騎兵1400名が控えている。アルフレド独立軍1000名およびホーエンシュバンガウ城を攻略した第2中隊500名は、戦場に向かうとの連絡はあったが1週間ほどかかるだろう。
斥候からの報告を受けたシノは、レオンシュタインに報告する。
「レオンさま、第1陣が戦闘に入りました」
白兵戦の準備を整えたノイエラント第1陣に、ゲオルフの歩兵部隊1200がまっすぐに突っ込んでくる。
「いいか、一人で戦うんじゃない。複数で戦うんだ!!」
ゼビウスは各小隊へ伝達を飛ばす。その間にも土煙を上げながらゲオルフ軍が迫ってきていた。青色の鎧を纏ったゲオルフ軍は、まるで津波が押し寄せてくるかのように見える。対するノイエラント軍は緋色の鎧を纏い、戦場を赤く染めている。ゲオルフ軍の参謀長ゼルゲルトは目を怒らせて叫んでいた。
「殴殺せよ!!」
中央に突撃してきたゲオルフ軍に向けて第2陣のケスナーは命令を下す。
「十分に引きつけたぞ! 敵軍後方に矢を放て!!」
空が暗くなるくらいの弓矢がゲオルフ軍に向かって飛んでいく。その矢は少なからずゲオルフ軍に損害を与えていたのだが、ゲオルフ軍の突進は止まらない。堅い守りを発揮したゼビウス軍は、ゲオルフ軍の突撃を3回跳ね返していた。戦場に血の匂いが充満し始める。
3回の攻撃を跳ね返したゼビウス率いる第一陣は見当したといえるだろう。けれども、明らかに継戦能力を失いつつあった。ゲオルフ軍は弓矢攻撃によって被害を出していたが、その数はノイエラント軍より遙かに少ない数に留まっている。その様子を見ていた本陣の辺境伯ハイルヴィヒは、左翼のミクローシュ男爵に命令を出す。
「死神を冥府へ送ってやれ!」
「御意!」
左翼のミクローシュ軍が前進を始める。それを見ていたグラビッツは第1陣だけではなく全軍に後退を命じた。第2軍は近接戦闘に備えて弓を剣に持ち替える。
そこにゲオルフ軍が突っ込んでくる。
ノイエラント第1陣を撃破し、士気が上がるゲオルフ軍はさらに押し込んできた。第2軍は第1軍よりも兵の練度が低く、右側面からの攻撃を受け陣が崩れつつあった。それでもゲオルフ軍に疲れが見え始めたため、ハイルヴィヒは大事を取って軍に後退を命じる。ゲオルフ軍、ミクローシュ軍は悠然と撤退していき、太陽は沈みそうな位置に輝いていた。戦場に倒れている兵士の多くは、ノイエラント軍の緋色の鎧を身にまとっていた。
本陣には天幕が張られ、真ん中にはハイルヴィッヒが笑みを浮かべながら、椅子に座っていた。周囲の部下たちは、大きな拍手で2人の部隊長を迎えていた。
「ゲオルフ、それにミクローシュ男爵もよい動きであった」
「手応えが無くてがっかりでした。早急に壊滅させるとしましょう」
「ゲオルフさまの申す通りです。私は少し戦い足りなかったですな」
ハイルヴィヒから激賞され二人とも笑顔で頭を下げる中、天幕の中は大きな笑いが巻き上がっていた。1日目はレーエンスベルク軍が圧倒的に優勢だったのだ。
そして、その流れは2日目も、3日目も続いた。ノイエラント軍は撤退に次ぐ撤退で、すでに陣を20kmほど南側に後退させていた。そのさらに後方では臨時の治療院がフル回転で治療を進めていた。負傷者が次々と運ばれてくる中、医学部のロッジェリオ教授の一団は不眠不休で治療に当たっていた。
「多くの人を助けるんだ。それこそが医療の目的だ!」
手術をした後の回復をアンドレア神父と協力しながら効率的に行っていく。多くの医学部教授が魔法を否定しがちなのに対し、ロッジェリオ教授は珍しく魔法肯定派だった。
「治ればいいんだ! 治ればな!!」
魔法治療は少人数しか行えないため、分業体制で行うことで治療効果は劇的に上がった。すぐに回復し、数多くの兵士が戦線に戻っていった。
ノイエラント軍では、後退につぐ後退で士気が上がらなかったが下がりはしなかった。それは常に腹一杯食べられる食事が原因だった。今日の夕食はパンとソーセージ、マッシュポテト、ポトフと食堂で食べているようなものが並ぶ。ポトフは温かく、兵士たちにほっとした気持ちを取り戻すのに役立っていた。
「明日から陣形を変えます」
ノイエラント本陣で軍議が開かれ、グラビッツが新たな作戦を提案した。
「第1~第4軍を方陣にし、陣形をV型にします。そして、4日目と5日目は……」
詳細な作戦が話し合われる。けれども、シノはその作戦を聞くと、眉をひそめていた。
「その作戦ではレオンさまが危険な目に遭うのではありませんか?」
「次席参謀。総大将がずっと安全な場所にいたら、兵士たちの士気は上がらないぜ。兵士の士気を高めるにはレオンさまにも前線で戦ってもらうしかない」
「でも、危険が……」
「それでも、最前線で戦うよりは安全だ。護衛もつける」
何か言いたげなシノを遮り、レオンシュタインは承知した旨を話す。
「勿論、私も勝利のために戦います」
「レオンさま、どうかシノの後ろに隠れていてください。シノが全てを射抜いてしまいますゆえ」
「いや、それはどうだろう」
笑顔が天幕内に広がり、軍議は終了となるのだった。




