第266話 工作
王国歴165年8月22日 夜9時 シュパレン城の南側の平地にて――
「何もしなければ、辺境伯軍はゲオルフ軍と合流し5000の兵となってしまいます」
シノの懸念をよそに総参謀長グラビッツはそれが狙いだと話す。
「5000の兵は確かに脅威だが、それが弱点と言える。ホーエンシュバンガウ城を落とされたことで辺境伯軍は補給に不安を抱えている。早晩5000人の補給をまかなえなくなるだろう。その時にこそ攻撃すべきだ」
「でも、シュパレン城に水や食料を備蓄しているのでは?」
そこまで話したシノはグラビッツの狙いが分かる。
「シュパレン城へ工作員を派遣するおつもりですね。分かりました。私の手の者に命じます」
グラビッツは肩をすくめて片目をつぶり、シノは了解して頭の中で人選を始めるのだった。
§
一方、王国歴165年8月27日、クロップ砦から敗走していたヘレンシュタイク公国のアルタンツェ部隊は、ようやく部隊の再編成が終了していた。アルテナ砦の前に駐屯している騎馬隊は合計1400名となる。
ヘレンシュタイク公国のナウウェン砦には500名の部隊が駐屯し、文字通り最後の砦としての役目を果たしている。
「アルタンツェさま。南方からゲオルフ軍が接近中です。明日には会敵します」
「そうか」
斥候を下がらせアルタンツェはしばらく考え込む。
(撤退か、それとも、攻撃か)
クロップ砦の戦いでは機動力を抑えられ、一方的に攻撃されてしまった。ノイエラント軍とも連携できていない。アルタンツェは、たった一人で山の向こうに沈んでいく太陽をじっと眺めていた。
(私は……向いてないな)
けれども公国の将軍は自分を含め、もう2人しか残っていない。弱音は吐けない。
(レオ……)
沈みゆく夕日が公国を表しているような気がするアルタンツェだった。
§
翌朝、ついにゲオルフ軍が視界に入る。アルタンツェが決めた戦術は工作隊の仕掛けのさらに遠くから弓矢攻撃をすることだった。すでに、相手に主導権を握られていることにアルタンツェは気がつかない。
「敵は素人ですな」
ゼルゲルト参謀はゲオルフにあざ笑うように報告する。
「騎兵のくせに相手が来るまで待つとは。前回と同じように狩り場を設定しましょう」
ゲオルフは満足そうに頷く。と、そこに急報が入る。
「ホーエンシュバンガウ城が陥落!!! 辺境伯ハイルヴィヒさまと軍勢はシュパレン城付近まで撤退中です」
「なんだと!」
あの難攻不落の城が落ちたとは信じがたい。けれども、その情報が複数から入ってきたことから真実だと断じざるを得ない。またシュパレン城付近にノイエラント軍が現れたという情報も気になる。何もせずに南に撤退したというが、何のために辺境伯領へ進入してきたのか、その狙いが分からない。
「我々の再侵攻の情報が漏れたのではないですか? 進発は9月になっておりました。そう考えると、このタイミングもおかしくありますまい」
「ならばシュパレン城に戻るべきだ。あんな駄馬部隊など、いつでも倒せる。それより、ノイエラント軍に備えよう」
参謀のゼルゲルトは、頭を下げながら自分の意見を述べる。ゲオルフの命を受け、ゼルゲルトは全軍に撤退を命じ、精鋭部隊はすぐに動き始めていた。その様子をアルタンツェは不思議そうに眺めていた。そこにノイエラントからの伝令がやってくる。
「アルタンツェさまに伝令です。ノイエラント軍はシュパレン城の南側に展開中です。敵を殲滅させるためにシュパレン城近くまで進出してほしいとレオンシュタインが申しております」
「分かりました。城周辺まで移動します」
アルタンツェを始め、副長にもほっとした空気が広がる。このままゲオルフ軍と戦っても勝機が見えなかった。最後に使者は大事なことだと付け加える。
「糧食は十分に運搬してほしいとのことです。また、ナウウェン砦にも備蓄してほしいとのことでした。お金は後から支払います」
ヘレンシュタイク公国でも今年は雨が少なかったのだが、食料生産に関しては大きな変化はなかった。もともと山地のために雨が少ないということもある。
「分かりました。ジャガイモをいっぱい持っていきますよ」
笑顔で答えるアルタンツェだった。
§
王国歴165年8月22日 朝9時 ファルケン城 謁見の間にて――
「申し上げます。こちらに向かっていた辺境伯軍約4000は方向を変え、シュパレン城の方面に向かっております」
「何で帰ったんだろね? しかもホーエンシュバンガウ城ではなく……」
斥候からの報告を受け、アルフレドはマルティン、ヨシアスとともに方針を話し合う。ヨシアスは、その意図を読み取ろうとする。
「まずは斥候を放つべきでしょう。王国方面にも出すべきです」
マルティンは、すぐにその手配を済ませる。確証がないことで話し合う訳にもいかず、ノイエラントからの連絡を待つことにした。アルフレドは辺境伯北部の統治を進めようと考えていたのだが人が足りない。
「また牢屋ですか?」
マルティンはアルフレドの熱心さに呆れる思いがした。ネローリアンは放り出したというのに、エバーハルトは城内に留め、ひたすら話をしている。
「人は宝だ。マルティン卿」
そう言うと、また牢屋に向かうのだった。




