第265話 刹那
王国歴165年8月21日 夜11時 ホーエンシュバンガウ城 城門の近くにて――
「全員、伏せるッス!!」
後ろの女たちを庇うようにフォルカーとイルマは女の子たちに覆い被さる。ビュウビュウと音を立てた矢がフォルカーの頭の上を通り過ぎていく。
「ぐあ!」
追いかけてきた兵士たちに矢が刺さり始める。
「馬鹿! 狙いが外れてるぞ!! 前の女たちが標的だ」
ギード男爵は弓隊に狙いを修正するように叫び、後ろを振り返る。
「これでいいんですよ」
そういいながら一人の男が男爵を縛り上げていた。
「コンラート!」
イルマが頼りになる副長の名を呼ぶ。
「隊長、遅くなりました。弓隊、さらに一斉斉射! それが終わり次第、歩兵部隊は内部を制圧せよ!
工作隊は2つの城門を閉鎖だ!」
「は!」
弓隊から矢が放たれ追っ手は次々とその場に崩れていく。歩兵部隊はすぐ内部に突入し残っていた敵の兵士を無力化していった。クヌート男爵とギード男爵は再拘束されてしまう。
「それにしても、どうして城に集結できたッスか?」
「ティアナさんが馬鹿でかい光球で知らせてくれたからですよ」
「いえーい!」
屋上から下りてきたティアナはピースサインでそれに答える。ノイエラントの面々に笑顔が広がり、フォルカーは安堵の溜息をつき、その場で大の字に寝転んだ。
「作戦、成功ッス!」
§
「ホ、ホーエンシュバンガウ城が落城した!? 誤報であろう?」
「本当です。クヌート男爵とギード男爵は捕らえられ、城にノイエラントの旗が掲げられております」
「信じられん……。3万の兵でも制圧できない不落の城が」
ファルケン城に向かっていた辺境伯ハイルヴィヒが、信じられないという声で使者に怒鳴りつけていた。ただちに辺境伯軍で対応が協議される。参謀長が直ちにホーエンシュバンガウ城を取り戻すことを進言するがハイルヴィヒ辺境伯は首を縦に振らない。
「あの城を手持ちの兵で落とせるとは思えない。それよりもファルケン城で対策を練るべきだろう」
議論が決し、さらに前進を続ける辺境伯軍に、さらなる凶報が舞い込んでくる。
「ファルケン城はすでにアルフレドさまの手に落ちております。城から落ち延びてきたアレクシスさまがそちらに控えております」
見ればアレクシスが頭を地面に付けんばかりにして平伏している。
「アレクシス、面を上げよ」
「いえ、父上の大切な城を落城させ、私の胸は悲しみで張り裂けそうです。今すぐ死ねと命じてくだされば、この剣を胸に突き立てましょう」
「お前が無事で何よりだった。城はいつでも取り返せる。わしの陣でしばらく休息しておれ」
「父上」
大仰な芝居を見ているような場面だったが辺境伯は痛ましそうに声を掛ける。アレクシスも辺境伯軍に加わり、軍勢は4000人までに増える。すぐに軍議が開かれ、今後の行動について方針が話し合われる。けれども議論は中々、結論をみなかった。
ホーエンシュバンガウ城は今の兵数では攻略できない堅城で、ファルケン城は山の中に屹立する難攻の城として定評がある。王国からの援軍でもないかぎり、どちらも難しい。
「父上、南方のシュパレン城はどうでしょう? 兄上と合流し、事態を打開するのです」
「よくいった、アレクシス。では早急にシュパレン城に移動しよう」
何ら戦略のない案だったが、それ以外に選択肢がない。
街道から外れた道に沿って兵士が行軍していく。シュパレン城までは6日の距離だったが、軍には3日分の水と糧食しか用意されていなかった。
「行く先々で徴発しましょう。軍が飢えれば民も生きてはいけないのですから」
アレクシスの言葉に心ある参謀たちは眉をひそめる。
(レーエンスベルクも、もう終わりか。拠って立つ民を飢えさせて軍が活動できるはずもない)
行軍の先々で徴発が行われ、怨嗟の声はますます高まっていった。
§
その頃、ヤスミンはレオンシュタインの元へ戻る途中で、ホーエンシュバンガウ城の落城を確認していた。昨日、出発しようとした所、ヒメルが飛びたがらないため、出発はさらに1日遅れていた。眼下に辺境伯軍が行軍しているのが見える。ヤスミンは、軍がシュパレン城の方面に向かっていることと、その数が約4000前後であることを確認する。
ヒメルに攻撃されないように高い場所を悠然と飛ぶ。
(レオン、心配してるかも。早く帰らないと)
ヤスミンが戻った頃、ノイエラント本隊はシュパレン城の南側に部隊を展開していた。
「レオン!!」
ヒメルから跳び下りたヤスミンが本陣の天幕の中に走っていく。本陣にほっとした雰囲気が広がる。何といってもレオンシュタインのそわそわが重臣たちにも広がっていたのだ。レオンシュタインにも言い分はある。以前も潜入捜査で危ない橋を渡っているヤスミンは、ともすると命を軽んじる傾向があると心配しているのだ。
「ヤスミン! 定時で飛行するように言ったはずだよ。それは守ってもらいたい」
「ごめんなさい」
自分を心配して怒っているレオンシュタインを見て、逆に嬉しいヤスミンだった。
「そういえば」
ヤスミンは、ホーエンシュバンガウ城が落城したこと、約4000の軍勢がシュパレン城に向かっていることを伝える。どちらも重要な情報で、特にホーエンシュバンガウ城が落ちたことは、かなりの朗報だ。
「大陸一の堅城がそんなにあっさりと?」
「誤報ではないか? 20人にも満たない人数で落とせるはずがない」
「城にノイエラントの旗が立ってて、フォルカーたちがいた」
「はああああああ?」
(フォルカー。我が弟子ながら、すでに師匠を超えるか)
本陣の天幕の中は喧噪に包まれる中、弟子の成長が何よりも嬉しいグラビッツだった。
またヤスミンの報告から、辺境伯軍がシュパレン城まで到着するまで5日との予測が立てられる。それを受けて、グラビッツがこれからの方針について提案する。
「我が軍はゲオルフ軍を後背から攻撃し、ヘレンシュタイク軍と挟撃する計画でした。しかし、ヤスミンからの情報から考えると、攻撃が終わる頃に左側面から辺境伯軍に攻撃される危険が出てきました。ガチンコで戦えば負けるでしょう」
シノが別の案を提案する。
「我が軍を北東へ移動し、辺境伯軍と戦ってはどうでしょう。アルフレド独立軍に連絡を取り、その後背を攻撃してもらうのです」
「いや、それだとヘレンシュタイク軍が壊滅するか、我が軍が2方向から攻撃される可能性も出てくる」
侃々諤々《かんかんがくがく》の話し合いが続き、夜の8時を過ぎていた。
「とにかく、我が軍は辺境伯軍を壊滅させる必要がある。犠牲者を出さずに城を攻略できて重畳なのだが、相手の兵士は減っていない。しかも、我が軍は本拠地からは遠く離れて戦っている。不測の事態が起こらないとも限らない」
そこまで話したグラビッツは、作戦を決定する。
「我が軍は本陣を南下させることを提案する」
「何もしないのですか?」
「そうだ」




