第260話 流血のクロップ砦
王国歴165年8月19日 朝 ファルケン城近くの森 独立軍駐屯地――
「アルフレドさま、お初にお目にかかります。御舎弟アレクシス様からの伝言をもって参りました。アレクシスさまは独立軍に参加したいという強い思いをもっております。ファルケン城で詳細を話したいとのことです」
ファルケン城からの使者が驚きの知らせをもってきた。アルフレド、マルティン、ヨシアスの3人は使者を待機させ、対応を話し合う。
「三男アレクシスさまは次男ゲオルフさまとは昵懇の仲。罠に違いありません」
辺境伯家の関係から考えてマルティンはしごくまっとうな意見を述べる。
「でも、チャンスだよなあ。城の中に入れんだし。……俺、行ってくるわ」
「はあ?」
とりあえず返礼の使者にヨシアスが立つことが決まる。
「もし、ヤスミンちゃんが飛んできたら、そのまま待つように言ってもらえる?」
そう言い残し、ヨシアスはファルケン城に向かった。ファルケン城はホーエス城とは違い、謁見の間は豪華な模様の壁面で囲まれ、高価な調度品が目立つ。また、メイドが立ち並んでいるのも華やかさを際立たせていた。
「元ヴァルデック子爵のヨシアス卿ですな。私はアレクシスさまの参謀ネローリアン男爵と申します。どうぞ、お見知りおきを」
礼儀をわきまえてはいたが細く残忍そうな目と酷薄そうな口元から陰鬱を感じさせる人物だ。年齢は30歳前と見えたが銀色の髪とやや猫背気味の姿勢で、年齢よりは老けて見える。
「ヨシアス卿に申し上げます。アレクシスさまはアルフレドさまと共に歩みたいという強い思いをもっております。そのため、一度ご兄弟で手を取り合い、共に進むことを誓い合うというのはいかがでしょう?」
「アレクシスさまの兄上への思い、このヨシアス、確かに受け取りました。必ず、アルフレドさまをお連れすることでありましょう」
ヨシアスは感動した面持ちで答え、頭を下げて退城する。ヨシアスが城門から出て行くのを眺めながらネローリアンが口を開いた。
「明日アルフレドはもとより、ヨシアス、マルティンを全て始末いたしましょう」
狂気の笑いを口元に浮かべつつアレクシスに報告するネローリアンだった。
§
一方、王国歴165年8月18日、レーエンスベルク辺境伯領南西部クロップ砦前の平原にて、今まさに戦端が開かれようとしていた。
「馬に乗った物乞いが、調子に乗って我が国の砦を占拠するとは身の程知らず。大掃除にはちょうどよい。殲滅せよ!!」
辺境伯次男ゲオルフが剣で前進を命令する。辺境伯軍は、前面に盾を持った重装歩兵隊が200名、中央に騎馬隊400名、両左翼に歩兵各200名、後背に工作歩兵200名を展開している。対して公国は騎兵が1000名と、数の上では兵力差がなかった。
「力押しは無理。遠巻きに矢を放ち、兵力を削りなさい!」
アルタンツェ公女の命令で、騎馬隊は辺境伯軍の右側に移動し始める。
「騎射開始!」
短弓による接射攻撃は歩兵部隊に損害を与え始めたが、突然、前方の馬の速度が落ちる。
「足元に丸太が置いてありますぞ!」
機動力を消された部隊から悲鳴が上がる。それを見ていたゲオルフは隣にいる参謀に声を掛ける。
「なかなかの知謀だな、ゼルゲルト」
「は、イグナーツには負けられませんから」
ゲオルフは鼻で笑い、ゼルゲルト準男爵の肩を叩く。
「所詮イグナーツは平民の出。作戦に優雅さが足りぬからな」
ゼルゲルトは手を挙げて命令を下す。
「全軍、突撃せよ!」
その後は一方的な戦となり、ヘレンシュタイク公国軍は次々と歩兵の槍の餌食となっていく。
「丸太罠の場所を今すぐ抜けろ!! 全滅するぞ!」
アルタンツェの叫び声が馬群の中に響くが、丸太は執拗に広げられていて突破するのに時間がかかる。その間にも騎馬部隊が一騎また一騎と倒れていく。さらにゼルゲルト準男爵の命令が響く。
「ふはははは! 殲滅だ!! 重装歩兵前へ!!」
歩兵の槍が騎馬兵を的確に突き刺し、馬上から落とすと、落ちた騎馬兵に歩兵が群がり槍や刀で虐殺を始める。クロップ砦前の平原は人馬の血に染まっていくのだった。
ようやく丸太のエリアを抜け出た騎馬兵は北側へ撤退を始める。それを見たゲオルフはさらに命令を下す。
「追撃せよ。一兵も残すな」
§
「ヤスミンは、まだ戻りませんか?」
レオンシュタインは陣幕の中で心配そうな声を出す。すでにノイエラント軍はシュパレン城まで2日の距離まで接近していた。川から離れているためにマッチョ隊からの連絡は不可能となっていた。出した斥候もすぐには戻ってこない。ヤスミンのワイバーン偵察が重要な役割を果たしていた。同時にその危うさも心配していたレオンシュタインだった。
「まだ戻りません。ファルケン城の前で陣を張っているアルフレド独立軍との連絡に出たのが19日の午後。すでに2日が経過しています」
心配するレオンシュタインにシノが寄りそう。
「きっと大丈夫ですわ。何といっても運も才覚もある子ですもの」
けれども、レオンシュタインの胸の暗雲はなかなか消えないのだった。




