第259話 進撃のヨシアス
王国歴165年8月17日 昼 シュトラント領境界の町 バンデルビット レオンシュタイン本陣にて――
「レオン、グラビッツ。砦が2つ陥落してたよ」
「何!?」
定時連絡に飛んだヤスミンから衝撃の事実を告げられる。辺境伯領のアルテナ砦とクロップ砦が陥落したというのだ。
ヘレンシュタイク公国は軍を半分に分け、2つの砦を同時に攻撃したらしい。
「次はシュパレン城だって張り切ってたよ」
主任参謀長グラビッツは頭を抱える。
「そんなこと無理だ。というよりシュパレン城には辺境伯次男ゲオルフ率いる精鋭1000名前後が駐屯しているはず。各個撃破されてしまうぞ!」
「グラビッツ主席参謀。事ここに至っては公国には自由に動いてもらい、我が軍も出撃すべきと思います。ヤスミンやマッチョ隊、斥候馬部隊に情報を集めさせ臨機応変な動きが必要かと」
脇に控えていたシノがグラビッツに進言し、グラビッツは冷静さを取り戻し頭をかく。
「自分の作戦に拘泥しすぎたようだ。恥ずかしいぜ。次席参謀ありがとな」
優しく微笑んだシノは軽く頭を下げる。
「では、我が軍はシュパレン城の攻略に向かう。全軍、出撃!」
グラビッツの号令で、ついにノイエラント軍が動き始めるのだった。
§
その少し前、王国歴165年8月15日 朝 ホーエス城内にて――
ホーエス城を接収した翌朝、アルフレド、マルティン、ヨシアスの三人で食事を楽しんでいるとき、ヨシアスから提案が出される。
「なあ、このままホーエス城に籠もってんの?」
優雅な手つきで卵を食していたアルフレドは即座に否定する。
「じゃあ、出撃すんのか?」
鶏肉をナイフとフォークで切り分けていたマルティンは、それを否定する。
「ヨシアス殿、ノイエラント軍との連携を考え、指示を待つべきだと思うが」
ヨシアスはあからさまに不機嫌となる。
「つまんねえ。アルフレド! お前、飼い犬かよ!」
「何? 私の何が犬なんだ!」
犬呼ばわりされては平静でいられず、思わず席から立ち上がっていた。
「お前、レーエンスベルク辺境伯領の領主になろうってんだろう? そんな奴が誰かの指示に従ってていいのか?」
「当たり前だろう。各軍が連携せずに動くなんて自殺行為だ」
「そうじゃねえよ。お前の中に戦略はねえのかってことだよ。相手の指示だけで動くなんて、ノイエラントにしてみれば、お前のことを駒としてしか扱わないぞ。お前の戦略で動いて連携しろって言ってんだ」
頭を振るヨシアスを思慮深そうな目でマルティン卿は見つめていた。
(このヨシアスという人物は、物事の本質を見抜く目を持っている。それに自分を説得するほどの交渉力。得がたい人材だ)
アルフレドもヨシアスの言に一理あることを認める。
「分かった。で、お前には考えがあるのか?」
「ある。このままファルケン城を落とすのさ」
暴論だった。
アルフレドは額に右手を押し当てる。気にせずヨシアスは続ける。
「ホーエス城が落ちたことは本城とかにすぐ伝わらないだろ。城主マルティンがアルフレドの味方になったんだから、伝わる前にゴーゴーだ」
「ゴーゴーって、城はどうやって落とすんだよ?」
「それは、お前らが考えろよ」
ヨシアスは平然と言い切る。その話を聞いていたマルティンはアルフレドの方に向き直り、すぐに出陣すべしとの意見を述べる。
「どうしたマルティン卿。ヨシアスは思いつきだけしか言わないから、話半分でいいんだぞ」
「いえ、ヨシアス殿の言い分には一理あります。ファルケン城の駐屯兵は300名ほどで城主は御舎弟のアレクシス殿です。このまま、ここで練兵しても相手に準備の時間を与えるだけです。余勢をかって攻めるべきかと」
アルフレドの話を聞きながらマルティンは言葉に力を込める。アレクシスは辺境伯の三男で22歳と年若く、アルフレドとは違い辺境伯の覚えがめでたくファルケン城の城主を命じられていた。次男ゲオルフと仲が良く、女好きであることでも知られている。
「弟が城主ならワンチャンあるかもよ。さ、行くぞ、行くぞ!」
実は女がいないホーエス城に、うんざりしていたヨシアスだった。すぐに準備が整えられアルフレド独立軍の陣容が整えられる。
「アルフレド独立軍、正規兵350名、義勇兵800名、準備完了です。アルフレドさま、後下知を」
マルティンの報告を受け、アルフレドが馬上で命令を下す。
「独立軍、進発せよ! 目標ファルケン城!」
「おう!!」
§
3日後の8月18日の昼、ファルケン城の城外に独立軍が展開した。それに気付いた城の内部は大騒ぎになる。
「どういうことだ? ホーエス城は陥落したのか?」
「情報がないぞ! 斥候を出せ!」
大混乱の中、城主アレクシスは傍らの参謀エバーハルトにすぐに対応策を出せと怒鳴る。アレクシスは金髪で190cmと長身の細面の男だったが、やや神経質そうで癇の強いことで知られていた。同時に女好きで女性を虐めて喜ぶ性癖があり、心ある家臣は眉をひそめていた。
「すぐに本城に早馬を出し、籠城しながら援軍を待つのがよろしいかと思います」
常識的なエバーハルトの進言をアレクシスは即座に否定する。
「連絡など不要。それより兄上をこの城におびき寄せ、討ち取ってしまうのはどうだ? その成果を報告する方が父上も喜ぶであろう」
「さすがアレクシスさま。素晴らしい作戦です!! 辺境伯の柱石と言われる方は目の付け所が違いますな」
傍らに立っていた副参謀のネローリアンが手を叩いてアレクシスを褒め称える。ネローリアンはアレクシスの前にかしづくと、
「どうか私めにお任せあれ」
と頭を下げる。失敗の可能性が高いことをエバーハルトは強調したが、アレクシスは耳を貸さない。
「では、ネローリアン。準備をせよ!」
すぐに独立軍に使者が立てられるのだった。その使者が城の門を出ていく様子を城の窓から眺めながら、アレクシスは残忍な笑みを浮かべていた。
「兄上。落ちるところまで落ちましたな」
歪んだ笑い声を城内に響かせるアレクシスだった。




