第258話 王道
王国歴165年8月14日 朝 ホーエス城外 マルティン卿の本陣にて――
「アルフレドさま。どうか、このマルティンを配下にお加えください」
マルティンの周囲には騎士団と兵士たちが整然と並んでいる。その様子を見てヨシアスはアルフレドの横でニヤニヤしていた。背筋を伸ばしたアルフレドは大きな声で問わざるを得ない。
「マルティン卿、どうしてそのように思い至ったのか?」
「4歳の女の子が税金を払えないと親に売られるのは間違っていると思いましてね」
頭を下げたままのマルティンから、はっきりとした声が響き渡る。その言葉に、先日ヨシアスが連れてきた女の子のことをアルフレドは思い出していた。そして一緒に憤ったことを。
「マルティン卿。私はまだ1000名に満たない独立軍の長に過ぎない。けれども約束する。私は子どもたちの目が絶望に支配されない領地をつくる。この剣にかけて誓う」
剣を抜いたアルフレドは高らかに空に掲げる。青空を2つに切り分けるように真っ直ぐに、高く。そのロングソードは陽光を反射し、眩しいばかりに周囲に光をまき散らしていた。
(絵になる男だねえ)
ヨシアスが感心したように、周囲の兵士は次々と膝を折り忠誠を誓っていた。それはマルティン軍全体に伝播していった。
「ア、アルフレドさま、万歳! アルフレドさまに栄光あれ!!」
「アルフレドさま、万歳!!」
突然、敵軍の兵士から万歳が巻き起こり、独立軍の兵士たちはあっけにとられていた。少しずつ近づいていった独立軍は、その朗報に大歓声を上げる。
「それでは城内に案内しましょう」
マルティンの案内で、独立軍全軍が城の中に入場していくのだった。
§
「レオン! ホーエス城が陥落してたよ。しかも無血開城だって」
8月16日、連絡のためワイバーンで飛んでいたヤスミンから驚くべき報告が舞い込んでくる。
「アルフレド殿は優秀な方ですね」
レオンシュタインは素直に感嘆し、グラビッツも地図上の駒をウェイク砦からホーエス城に移動させた。補給計画を一身に引き受けているフリッツは、情報の収集、伝達の仕事も請け負っており、グラビッツからこの情報を各部隊へ連絡するよう依頼を受ける。
「ヤスミンには明日の朝、公国の砦まで飛んでもらいます。そのときマッチョが見つけた場所のことも忘れず伝えるように」
マッチョ高速船は、アルテナ砦から少し北に進んだ地点に渡河に適した地形があることを発見していた。周囲に人家などは全く見られず、川の両岸に石造りの5m程の土台があり、昔は何かに使われていたことを物語っていた。
そのため最初に攻める砦はアルテナ砦へと変更になった。渡河地点から南へ進めば、敵に気付かれることなくアルテナ砦に到着できる。グラビッツは地図上にあるヘレンシュタイク軍を表す緑コマを、ナウウェン砦から北側の渡河地点へ移動させる。
「渡河地点はナウウェン砦から北側に馬で2日の距離。ヘレンシュタイク軍にはそこを渡ってアルテナ砦を奇襲してもらう。敵はクロップ砦を攻撃すると思っているはず。そこが狙い目だ」
グラビッツはさらに緑コマをアルテナ砦まで南下させ、ここだとばかりに指で何度か叩く。レオンシュタインたちがその位置を確認していると、グラビッツが最終確認のために口を開く。
「ホーエス城陥落が辺境伯に伝わるまでに4日ほどかかる。その討伐のためにホーエンシュバンガウ城から軍が出撃すればフォルカーが作戦に取り掛かるだろう。ま、失敗しても次の作戦がある。それまでは補給を完璧にしておかないとな」
解散となり、各自、自分の持ち場に戻っていった。
§
その頃、フォルカー一行は街道を北上し、ホーエンシュバンガウ城下の町シュバンガウに向かっていた。一行は、フォルカー、ティアナ、イルマの他に女性兵士が13名の計16名だった。
「いやあ、逆の意味で緊張するッスね」
男はフォルカーただ一人なのだ。シュバンガウの町に着き、連絡していた貸切宿に腰を落ち着ける。夜、フォルカーは全員を部屋に呼び、作戦の概容を説明する。
「そんなこと、できるわけないです!」
フォルカー以外は驚愕の表情で口々に不可能を言い立てる。フォルカーはさらに説明をすすめる。
「……変態?」
「違うッスよ。それが作戦のポイントなんスよ」
16人全員から冷たい視線を向けられたフォルカーは、慌てて手を振る。ただフォルカーの目がいつものやる気のない目ではなく、とびきりの悪戯を思いついたという目になる。
「で、いつ、やるんだ?」
備え付けの林檎に手を伸ばしながらイルマが確認する。
「城から大軍が進発したらッス。シュバンガウの町は敵国ですから用心しましょう」
§
王国歴165年8月19日 朝 ホーエンシュバンガウ城 謁見の間にて――
「何!? ホーエス城がアルフレドに占領されただと!」
椅子から立ち上がった辺境伯ハイルヴィヒは大声を上げ、その雷のような声に部下達は首をすくめてしまう。城は驚愕の嵐につつまれていた。
ハイルヴィッヒは横に立っている参謀長に命令を出す。
「すぐに出撃だ!! たかがホーエス城ごとき、ひとひねりよ。それにしてもアルフレドは、やはりわしに牙を剥いたか。わしの目に狂いはなかったわ」
ぞっとするような声でアルフレドに対する憎しみを吐き捨てる。城は出陣の慌ただしさに飲み込まれていった。




