第255話 ホーエス城の舌戦
王国歴165年8月5日 昼 レーエンスベルク領 ウェイク砦にて――
「大金貨200枚(20億円)? 本当か?」
アルフレドが部下に再度、問い直すのも無理はない。ヨシアスがマッチョ高速艇から運び込んだのは大金貨の袋だった。寝転んでいたヨシアスは、アルフレドを見つめてニヤニヤする。
「これで義勇軍を募集できるな」
もともと北部エリアの領民は長男アルフレドに同情的であり、砦の近くで盗賊退治をしてくれることにも恩義を感じていた。そのため、義勇兵が100人、200人と集まってくる。副長たちを集めたアルフレドは方針を説明することにする。ヨシアスも流れで方針を確認することになった。
「まずは北部にあるホーエス城を落とす。現在、独立軍は砦の拠点しかないからな」
「ふうん。で、その城には兵士が何人いるの?」
「斥候からの報告では200名前後と聞いている。城主はマルティン卿といって勇猛な方だ。一筋縄ではいかないな」
副長たちも眉をひそめる。ヨシアスは天井を見上げ、ぽつりと呟く。
「なあ、楽に勝てる方法はねえの? 籠城している城を落とすのは疲れるな」
砦に沈黙が広がる中、ヨシアスは城主マルティンに興味をもった。
「そいつが好きなものって何かない? お金とか女とか……」
「マルティン卿はいわば正統の騎士だ。辺境伯領に長く仕え、忠誠心も高い」
「ふうん。つまらねえな」
「つまらなくはないだろう」
ヨシアスは長椅子から身体を起こし、大きく欠伸をする。
「アルフレド。ちょっと、出かけてきていいか?」
「そりゃあいいが、どこだ?」
「ホーエス城さ」
§
3日後の8月8日、ヨシアスはホーエス城の城門までやってきていた。傍らには、なぜか4歳ほどの小さな女の子を連れている。途中の村で両親に売られていたのを悲しく思い、お金を出したのだ。
「でかいねえ。このくらいの城があればダラダラできそうだ」
すぐに兵士に見つかり、ヨシアスは尋問される。
「貴様、何者だ?」
「あ、俺? 元ヴァルデック領主のヨシアスって言うんだけど、城主に会えるかな?」
すぐに伝令が城主のもとに走る。
「ふむ、元ヴァルデック子爵のヨシアス殿が?」
突然の訪問にマルティンは戸惑うが、自分は男爵位であるため、むげにもできないと考える。
「とりあえず会ってみるか」
副官に連れてくるように命じると、ヨシアスは子爵のオーラを出しながら謁見の間にやってくる。傍らには、ぼろ布をまとった女の子がヨシアスの服を掴みながら、おどおどと歩いてくる。武骨な石作りの謁見の間は、調度品などは置かれておらず、壁がけの大陸の地図だけが目立つ。
「マルティン男爵。訪問を快く受け入れてくれて、心から嬉しく思う」
「で、ヨシアス卿。本日は何用ですかな?」
マルティンは自然と頭が下がる。秩序を重んじる性格が良く表れていた。副官に手を挙げ、飲み物を用意するように命じる。
「何、用というほどのことではないが、卿は現在の辺境伯家についてどう思うかな?」
「もちろん、忠誠を尽くしております」
「卿の忠誠は、長男のアルフレド殿に届いているかな? 私は士官学校時代、彼と同窓の間柄だ。士官学校を次席で卒業し、友人からの信頼も厚く信義に溢れている男だった。けれども久々に訪れてみれば、辺境の砦で幽閉同然。何があったのかな」
大仰に身体をねじったヨシアスは、全身で嘆かわしいという気持ちを表していた。マルティンは苦い表情になる。もともとマルティンは長男が家督を継ぐべきとの信条があり、アルフレドが次期当主に相応しいと考えていた。辺境伯は次男のゲオルフを偏愛しており、好ましからずと考えていた。
(アルフレドさまは、もともと家督を継ぐべきお方。あの事件さえなければ)
事件以降アルフレドは辺境に左遷され、あまつさえ当代一の軍師イグナーツをゲオルフ付きにされてしまったのだ。
「もちろんアルフレドさまにも忠誠を捧げている。ただ、辺境伯ハイルヴィヒさまや次男のゲオルフさまにも忠誠を捧げている。辺境伯家に忠誠を捧げるのは武人として当然ではないか」
「大陸随一の軍師イグナーツは、アルフレドが何度も訪問し、断られ続けても諦めなかった、その誠意に答えての登用だと聞いていたが、それは違うのか?」
「その通りです」
ヨシアスの狙いを見定めるようにマルティンは目を離さずに返答する。ヨシアスは感情が高ぶり、言葉遣いが悪くなり始める。
「確かアルフレドは、ゲオルフの讒言によって辺境伯から遠ざけられたんだよな。イグナーツを手に入れたのは簒奪を企んでのことではないかと疑われ……」
貴族の事情に通じていたヨシアスは、当然、事件を知っていた。ヨシアスの口車にマルティンは乗せられつつあった。
「あいつは獅子の子だ。犬のように辺境に飼われていることに我慢はできない。だから、俺はあいつを助けたい。だから、ここに来たんだよ」
マルティンの副官はすぐに剣を抜く。
「この痴れ者め。堂々とマルティン卿に謀反を促しにきたというのか?」
それを聞き、ヨシアスの目に怒りの色がともる。
「謀反? あいつの父と弟が他国を意味も無く侵略している。それに憤るアルフレドは何かおかしいのか? 軍を動かすために民に重税を押しつけ、レーエンスベルクの領民たちは途端の苦しみに喘いでいる。それを、副官殿は知らないのか?」
剣を下ろした副官は、マルティンに助けを求めるような素振りになる。ゲオルフが台頭するようになってからというもの、税が高くなり、マルティンもその対応に苦慮していた。税を払えず離散する家族も目立ち、田舎では子どもを奴隷として売ることが横行していた。
その一方でホーエンシュバンガウ城では夜な夜な舞踏会が開かれ、ゲオルフたちは贅沢三昧の生活を送っている。美しい娘が次々と城に集められては、ゲオルフの慰み者にされている。
「亡国の兆しありだ。マルティン卿、そうは思わないかね?」
ヨシアスも女好きという点では、ほとんど同じなのだが、無理矢理という点が許せない。マルティンは苦しげに息を吐く。齢50になるマルティンは、その性格故に陰謀渦巻く宮廷でうまく立ち回れなかった。武を認められ北部のホーエス城を預かっているが、それもいつまで続くか分からない。
(貴族とは、民の幸せのために戦う漢たちのことだ。けれども、今の辺境伯やゲオルフさまでは無理だ)
マルティンの様子を見ながら、ヨシアスは傍らで眠りについてしまった女の子について話し出す。
「この子は1つ先の村で俺が買ったんだ。こんな4歳の子が、両親に税金を払えないからと売られてたよ。道ばたで犬みたいにな」
ヨシアスは一気にたたみかける。
「マルティン卿、この子の目を見たか? この目には絶望しか映っていなかった。最愛の両親から売られ、はした金で買われていく自分の運命にな」
マルティンたちの視線が一斉に女の子に注がれる。こんなに年端もいかない子が売られている事実は、マルティンたちが見ないようにしていたことだった。
「子どもたちが笑ってくらせるようにしたいよな。俺はそうだ。だから俺はアルフレドを応援するのさ」
女の子を優しく抱き上げ、ヨシアスは腕に乗せる。恐がった女の子はヨシアスの頭にしがみついてしまった。
「腰抜けに用はない!! アルフレド独立軍は近々、この城を落としにやってくる。覚悟しておけよ」
そう言うと、唖然とするマルティンたちを尻目にヨシアスはホーエス城から立ち去っていった。




