第253話 山が動く
王国歴165年7月17日 夕方 レーエンスベルク領 ウェイク砦の詰め所にて――
「ヨシアス……。お前はいつもタイミングが悪いな」
「悪かったな。これが俺なんだ」
どうやら自分の命もここまでかとヨシアスは覚悟する。アルフレドの剣が振り下ろされると、隣で剣を抜いていた兵士の手から剣が落ちる。
「スパイを拘束せよ!」
ヨシアスの前にいた兵士を含め4人の兵士が同じように剣を落とされ拘束される。剣を鞘に収めたアルフレドは、スパイたちを留置場へ連れて行くように命じる。その後、今までレーエンスベルク辺境伯やユラニア王国からのスパイを泳がせていたと、アルフレドはヨシアスに説明していた。
また副長に人払いを命じ、詰め所は3人だけになる。テーブルの上に、明かりとして蝋燭が何本もつけられる。オレンジ色の光が部屋の中を照らし獣油の匂いが漂ってくる。
「ヨシアス。お前のおかげで独立の決行が早まったぞ、どうしてくれるんだ」
昔のような屈託のない笑顔で、アルフレドはヨシアスを非難する。
「ユラニア王国がノイエラントに攻め込む時期は9月頃だとの情報を得ている。その時期に合わせて、自分は兵をあげることになってた。でも、今日スパイを拘束したからには今日、決行だ。まずは北部方面を電撃的に占領し、補給線を確保する。ただ人材と資金が不足気味だな」
ようやく安堵したヨシアスはアルフレドの胸をドンと突く。
「そうか。俺にできることがあったら言ってくれ」
「ないよ。お前、剣、檄弱じゃん。作戦も46連敗は士官学校の記録だったよな」
決まり悪そうなヨシアスをよそに、副長はアルフレドに進言する。
「アルフレドさま、事を起こすには、絶対的に資金が不足しています。食料、武器、馬なども十分ではありません」
それを聞きヨシアスは持ってきた2つの鞄を重そうに机の上に上げる。木の机はゴトンと音を立て、その重さで机はギシリと悲鳴を上げる。
「よいしょ!」
「なんだ、それは?」
「レオンからのプレゼントだ」
2つの鞄を開くと中から大金貨が20枚(2億円)、ジャラジャラとこぼれ出てくる。
「大金貨!」
副長が思わず飛びついてしまう。
「宰相がごちゃごちゃ言ってたけど好きに使えばいい。いざとなったら川に落としたってうやむやにするからさ」
「いいのか?」
「いいよ。金は天下の回り物だ。この程度の金で相手に引け目なんか感じることはねえよ。お前はお前らしく堂々といけばいい。金は、いつか返せばいいさ」
アルフレドとヨシアスはワインで再度乾杯する。
「じゃあ、明日からレーエンスベルク独立軍、始動だ!」
「……名前、もっと格好いいのないの?」
結果的にヨシアスの訪問は成功した。
翌朝、ヨシアスはリベ川のほとりで、ぼんやりと流れを眺めていた。川はゆっくりと流れ、その水面はとろりとした緑色を朝日に反射させていた。川の左右はジャングルのようで、多くの木々が生い茂っていた。
(いつになったら、硬質磁器がつくれるのかねえ)
他の人たちが夢に向かって動いていくのを忸怩たる思いで眺める。自分の夢はいつになったら叶うのか先が見えないヨシアスだった。物思いに耽っていると後ろから足音が響いてくる。
「ヨシアス、逃げ帰ったかと思ったよ」
「馬鹿言え。俺は中途半端が嫌いなんだよ。お前の独立に関わっちまったから最後まで付き合うさ」
アルフレドはヨシアスの隣に座る。ヨシアスは川面に向かい、石を投げ、ボシャリという音と共に水面に波紋をつくる。
「ヨシアス。お前はやりたいことはないのか?」
「そりゃあるよ。硬質磁器を作りたいんだ。ただ硬質磁器をつくる土が見つからなくて、もう大変さ」
「確かこの近くで土に詳しい変わり者がいたなあ。いつか、そこに行ってみたらどうだ?」
「今、行くよ!」
意気込むヨシアスをなだめ、まずは自分を手伝ってほしいと真剣にお願いする。
「独立軍には参謀がいないから相談役もいないんだ。お前なら軍事以外なら何でも相談できる。頼むよ」
「軍事以外ね、了解だ」
と、そこに聞き覚えのある掛け声が聞こえてきた。
「イージー、マッスル!」
「イージー、イージーよ~」
高速船が目の前でぴたっと止まる。船から下りたマッチョリーダーが二人に挨拶する。
「ヨシアスさん!」
「お前ら……帰れって言ったろ!」
「ヨシアスさんもマッチョの仲間じゃないですか。筋肉は~裏切らない!」
リーダーは上腕二頭筋を見せつけ、ヨシアスも上着を脱ぎ去り大胸筋で返事をする。二人はわかり合い「イエス! マッスル!!」と、手をがっしりと組む。呆れるアルフレドをよそに、ヨシアスは2つのことをお願いする。
「アルフレドは、これから独立軍として戦う。そのため『金送れ』『イグナーツを助けろ』をレオンに伝えてくれ」
「それは分かりました。ただ、ヨシアスさんは、どうするんですか?」
「アルフレドと一緒に戦うよ。らしくないがな」
「重責ですね。レオンシュタインさんに話します」
それだけを伝えると高速船はあっというまに出発していた。見えなくなったところで、ヨシアスはアルフレドにぽつりと話す。
「ところでさあ。この砦に可愛い女の子、いる?」
「女?」
話がつながらないアルフレドは、ヨシアスの真意を謀りかねて混乱してしまう。そんなアルフレドと肩を組みながら、ヨシアスは砦に戻っていくのだった。




