第251話 天候不順
王国歴165年7月3日 午前7時 レオンシュタインの丸太小屋にて――
対レーエンスベルク辺境伯の話し合いは、それから3日間話し合われた。その間に基本方針が決定し、ヨシアス卿の旅の準備が忙しくなる。主任参謀グラビッツの提案通り、辺境伯の長男アルフレドと接触することが決まった。
昼は昼でローレの店で大宴会が開催され、アルタンツェはノイエラントの食べ物の豊かさに改めて驚かされる。あっという間に夕方になり、アルタンツェはレオンシュタインとともに、お気に入りとなったブローガング海岸の展望台にやってきた。
「レオ! いい仲間ができたな」
「うん。本当に」
頭をかくレオンシュタインを見ていたアルタンツェは目を細めて、小さく呪文を唱える。黒と茶色が混ざった髪は変わらないけれども、薄い眉毛に高い丸筋と厚い唇が昔のままだとレオンシュタインは思う。目は澄んでいて、茶色の瞳が優しくレオンシュタインを見つめている。
ヤスミンとはまた違ったエキゾチックさと高貴な身分の持つ優雅さが混じり合い、不思議な魅力を感じさせるのだ。
「アル姉は、やっぱり美人だね。昔と変わらないな」
アルタンツェは軽く礼を述べる。
「レオも変わんないよ。人のために一生懸命なのは変わらないな」
じっとレオンシュタインの目を見つめる。あまりにも長いためにレオンシュタインは思わずアルタンツェから目をそらしてしまった。アルタンツェはレオンシュタインの初恋の相手なのだから。
「あ、あのさ、レオ。そ、そのさ」
珍しくアルタンツェが口ごもる。
「辺境伯から使者が来たら、お前と婚約してるって言ってもいいか?」
「ええ!?」
「そう説明すればレーエンスベルクの奴らも諦めるだろ。突っ込まれたら本当に結婚したらいいんだし」
やや頬を染めたままのアルタンツェは、きっぱりと言い切った。
「そういう訳には……」
「私と結婚は嫌か?」
アルタンツェの目に悲しい色が宿る。それを見ているとダメとは言いがたい。
「アル姉……。まあ辺境伯の使者に話して国が安全になるなら」
「そ、そうか! じゃあ、そういうことにするよ。さすがレオ、ありがとうな」
レオンシュタインは、こんなアルタンツェの輝くような笑顔が好きだった。それをもたらすことができた自分をちょっぴり褒めたくなる。
「いつか、公国に来てくれよな。なるべく平和なときがいいけど」
「うん。絶対に行くよ」
§
翌朝、アルタンツェはヨシアスと一緒に高速船に乗ることになった。
「アルタンツェ殿、よろしく頼む」
型どおりの挨拶をしたヨシアスは明らかに元気がない。シノ、イルマには同行を断られ、一緒に行くのはちょっと微妙な(←失礼)公国の大女だからだ。アルタンツェの真の姿を知ったらどうなるだろうと想像してみたレオンシュタインは、アルタンツェの身が危ないため黙っていることに決めた。
「じゃあ、アル姉。元気でね」
「うん、お前もな」
レオンシュタインが手を振るのと同時に、高速船は出発する。
「イージー、マッスル~」
今日もマッチョ隊の筋肉は絶好調のようだ。フォルカーを公国まで無事に輸送した褒美として牛肉の塊をプレゼントされ、筋肉に栄養を補給したことがよほど嬉しかったらしい。あっという間に視界から去って行った。
その高速船を見送っているレオンシュタインは突然、肩を叩かれる。
「なんだ。ルカスさんでしたか」
ところが、いつもの笑顔がないルカスを見てレオンシュタインは顔を引き締める。
「レオン、実は話しておきたいことがある。レネやフリッツたちも聞いてほしいんだ」
そのため、主要なメンバーが、レオンシュタインの丸太小屋に集合する。
「今年、雨が降らないだろ。その上、低温が続いて作物への影響が心配だ。凶作になるかもしれない」
ルカスの言葉は参加者全員に戦慄をもたらした。
「しかも昨年度よりも悪そうだ」
昨年度は雨が少なかっただけで、あれだけの影響がでたというのに、それに低温が加わっている。すぐに善後策が話し合われ、米作は深水管理の徹底、ジャガイモの生育の管理、アワの緊急栽培が提案される。
「アワは7月に植えて10月には収穫できる。空いている畑に植えてしまうのがいいと思う」
ジャガイモは耕作地が多く、低温程度であれば収穫量に大きな影響はないとルカスは話す。すぐに栽培計画を立てるべく、ルカス、オイゲン、レネはレオンシュタインの小屋で頭を突き合わせる。
「クリッペン地区、シキシマ地区は、水路の完備によって減量を減らすことができます。ただ、ヴァルデック領は水路の完成が50%ほどです。影響は避けられないですね」
レネの言葉に、天気が良くなることを願わずにはいられないレオンシュタインだった。




