第25話 路地裏の出来事(元気出して)
王国歴162年9月11日 16時頃 ミルブッフの市庁舎付近――
ミルブッフの市庁舎は薄黄色の壁にオレンジ色の窓枠、黒い屋根と色彩豊かな装いで華やかさを感じる。キースバッハより人口は多く市庁舎前では露天商が賑わっていた。
市庁舎の前にある六角形の噴水には女神像が立っており、人々の憩いの場所となっている。
「さすがに賑わってますね」
「綺麗な街だな、主」
それぞれの感想を話しながら市庁舎の周りを観光する。
蔦の絡んだ時計棟の下にアーチ型の壁が2つあり、その下の通路を人々が歩いている。そこをくぐり抜けると薄い茶色の煉瓦で作られた旧市街の建物が姿を現した。教会も尖塔ではなく帽子を被ったような六角形の屋根が目立つ。共同住宅の前には花を飾っているところが多く、落ち着いた佇まいを見せていた。
ただ一本裏道に入ると、表の華やかな街並みが一変した。壊れかけた住宅や放置された多くのゴミが目につく。レオンシュタインたちが顔をしかめるくらい、下水の腐臭が充満していた。道に座り込んでいる人も多く、路上で生活している人も数多い。街の表と裏で景色がこんなに違っていることにレオンシュタインは衝撃を受けていた。
なぜ、こんなに違うのかというレオンの疑問に、イルマはお金がないからだと何でもなさそうに答えていた。今までお金に困ったことがないレオンシュタインには想像するのが難しい。
「どうしてお金がないんだろう」
「それは、税金という名の収奪がひどいせいです」
「収奪……か」
伯爵家としては収奪と言われると返す言葉もなかった。イルマはさらに話を続ける。
「農家は収入の10のうち6を、都市にすむ人は10のうち5を税金として支払ってるはずです」
「そんなに?」
「確かそのくらいだったな」
10のうち6をとられていたら暮らしは絶対に楽にならない。農家であれば自分たちが食べていくことさえ容易ではない。もし凶作だったら大変なことになる。
シュトラントの様々な場所で反乱が起きている理由がようやく腑に落ちた気がした。
「じゃあ、暮らせない人は?」
「こういう場所に逃げてくるよ。ここは税金がないからね」
街の表だけを見ていては真実がつかめないことをレオンシュタインは悟るのだった。
けれども、どうしてそんなに税が必要なのかレオンシュタインは不思議に思う。
「道路を作るとか、敵から守るだとか、いろんな説明がありますけど」
ちょうど貴族が宝石店に入っていくところをイルマは指差す。
「貴族の懐に入っているんじゃないかと、もっぱらの評判です」
そこまで話すと、ティアナとイルマは、
「じゃあ、私たちは食べ物を買ってきますね」
と言い残し、買い物に行ってしまった。
(税金か)
二人が行った後、伯爵家での生活を思い出す。自分は贅沢をした覚えがないけれど、町の人たちから見れば違うのかもしれない。
外から店内を眺めていると、貴族とおぼしき夫婦が笑顔で買い物をしている。満面の笑みで店員が接客をしている。彼らには路地裏の景色は見えないのか。いや、自分だってこれまでは見えていなかったとレオンシュタインは心がちくりと痛む。
店の前にぼんやり立っていると、中から店員が出てきて声をかけられる。
「そこに立たれると店内が暗くなる。別の場所に行ってくれないか」
意地悪そうな声でレオンシュタインをどかせようとする。無礼を咎めると店員の目がつり上がった。
「何が無礼だ。そんな汚い身なりで店先にいられると、買い物をしている人の邪魔になるんだよ。せっかく綺麗な宝石を買おうとしてるのに、ゴミが目に入ったら買う気がなくなってしまうだろ」
レオンシュタインが何か言おうとすると、
「さあ、もういいだろ。早く向こうへ行け」
と、手で方向を示される。
レオンシュタインは伯爵家の出身であるため、このような無礼は経験したことがなかった。
「私は伯爵家の一員だが、それでも、どかせようとするのか?」
店員はふふんと鼻で笑う。
「お前のような薄汚い伯爵がいるものか。では伯爵さま。うちの宝石を購入してくださいますか? 一番お安いもので金貨10枚になります」
レオンシュタインは憤るが金貨10枚は払えない。その様子を見ていた店員は呆れたように言い捨てる。
「金貨10枚程度を支払えなくて何が伯爵か! さあ、どかないと衛士を呼ぶぞ」
もう何も話せなくなったレオンシュタインは、その場を立ち去るしかなかった。
(伯爵家の一員だと証明するには、お金しかないのか? いったい貴族とは何だろう)
打ちひしがれながら、仲間たちのもとへレオンシュタインは戻っていく。
「レオン! いい西洋スモモを買えたよ!」
レオンを見つけたティアナが大きく手を振り、声をかけてくる。
「こっちの小型のパンもいい味だぞ」
両手に溢れるくらいパンを抱えたイルマも近寄ってくる。けれどもティアナはレオンシュタインがいつものように喜んでくれないことに気付いていた。
「レオン。何かあったの?」
「いや、ちょっと頭が痛くて」
すぐに側に寄ったティアナはおでこに手を当てると、「熱はないよ」と顔をのぞき込んでくる。明らかに元気がない様子を感じ取ると、すっと顔を近づかせ頬にそっと唇を当てる。仮面なのに感触を感じるのが不思議だった。
「レオン、元気出た?」
慌ててティアナから離れるレオンシュタインの頬は赤く染まっていた。それを見ていたイルマは、驚愕の表情だ。
「ティ、ティア!」
「良かったね。こんなに可愛い子からキスしてもらって!」
そう言うと、ティアナは軽やかに宿に向かって走り出した。
「自分で言うな!」
咎めるような口調で呼びかけながら、ティアナの後を追いかけるレオンシュタインだった。




