第248話 謎多き公国
王国歴165年6月19日 午後5時 ヘレンシュタイク領の船着き場にて
「止まれ! 何者だ!」
ヘレンシュタイク公国の兵士は基本的に騎兵である。近寄ってきた兵士たちが着ている服は、皮で裏打ちされた膝丈の袖無しペリゾンと呼ばれる服だとフォルカーは記憶している。その下に鎖帷子を着込んでいることから軽装騎兵の戦士であることが分かる。すぐに手を上げたフォルカーは、ひらひらと手を動かし敵意がないことを示す。
「ノイエラントから派遣された副宰相のフォルカーといいます。ヘレンシュタイク公にお目にかかることは可能でしょうか?」
「副宰相? ノイエラント? レーエンスベルク辺境伯軍と戦って勝った小国だったか」
やや高慢に見える対応を取った兵士だったが悪意はないように見える。隊長らしい男は1つの質問をしてくる。
「ノイエラントの当主は、元シュトラント伯爵の三男レオンシュタイン殿か?」
伯爵家の三男を覚えているとは珍しいことだ。そうだと答えると隊長は何かを考えつつフォルカーを砦に案内した。
「今日は砦内でお休みください」
なぜか敬語になり態度にも恭しさを感じられるようになっっていた。食事も提供され、武骨な煉瓦造りの砦で休むことができたフォルカーだった。
翌朝8時少し前にフォルカーは目を覚ますと、すぐに隊長に挨拶にいく。挨拶もそこそこに、高速艇が砦付近にやって来ることを説明し、停泊の許可を求める。あっさり許可した隊長は砦の近くまで寄ってきてもよいと付け加えてくれた。
好意に感謝したフォルカーは隊長とともに砦を出て、川のそばで高速艇を待っていた。
「イージー、マッスル~」
聞き慣れた声が響き、高速艇がフォルカーの目の前に停止する。無事なフォルカーの姿を見て、マッチョ隊一同はほっとして地面に降りる。滞在できるとフォルカーに聞くやいなや、あっという間に高速船を陸に上げると、自分たちはさっさと筋トレを始めてしまう始末だった。
「ま、まあ、いいでしょう」
頬をやや引きつらせた隊長だったが害はないだろうとマッチョたちの滞在を許可した。
その後、フォルカーを公都に案内することを隊長は伝えてきた。公都はナウウェン砦から内陸へ約100kmほどにあり、馬車で2日かかる行程である。フォルカーは艇長に1週間後に迎えに来てほしいと説明し、そのままヘレンシュタイクの馬車に乗り込んでいく。そして、そのまま公都に向かって出発するのだった。
§
公都レクステアはヘレンシュタイク公国最大の都市で人口は10万ほどである。遊牧が主要産業であり、部族ごと、季節ごとに定住と移住を繰り返している。移住は決まったルートで行われることが多く、交易で生計を立てる部族もある。遊牧をしない部族は定住し、商業や農業にいそしんでいるのだが割合は低かった。
公都には本城としてオルボール城が存在し、大きな建物がそのまわりを取り囲むように連なっているが石垣などの塀は存在しない。木組みの骨組みと白い漆喰で壁が造られ、屋根は赤黒い煉瓦造りである。城といっても50m×20mの長方形の建物が5つ連なっているだけであり、ユラニア王国とは姿が大きく異なっていた。高さも20mほどで2階までしかフォルカーは確認できなかった。
歴史を感じさせる廊下を案内されて歩いていくと、突如、フォルカーの視界が広がり、謁見の間が目に入ってきた。謁見の間には数多くの騎士が立ち並び、その中央には椅子に腰掛けた老人が姿勢を正して座っている。フォルカーはすぐに膝を折って、頭を下げる。
「ヘレンシュタイク公にお目通りが叶いまして、望外の喜びでございます。公国との親睦を深めるため、我が主レオンシュタインから親書を預かっております。どうぞ、ご確認を」
護衛騎士がフォルカーから親書を受け取ると、安全を確かめてからヘレンシュタイク公フレゼリク2世に手渡す。フレゼリク2世は既に齢が70歳を超えているのだが、かくしゃくとした動きで親書を受け取った。親書に目を通し、遠くから訪問したフォルカーの労をねぎらった。
周囲に並んでいる重臣は複雑な表情でフォルカーを見つめている。フレゼリク2世は傍らに控えている騎士を指さし1つの提案を行う。
「この者をノイエラントに派遣する。親書の答えは、この者が直接伝達することでよいか?」
頭を下げたままのフォルカーが受託するとフレゼリク2世はゆっくりと謁見の間から去っていった。重臣たちも謁見の間を出て行き、その場にはフォルカーと城の執事らしき人だけが残された。
(まじッスか。イマイチ、公国の狙いが分かりにくいッス)
執事からは晩餐会などは開かれないと教えられたが、ゆっくりと休むように一室を案内される。格式はそれなりに高い部屋のようだが古めかしさは隠しようがない。そこにはきちんと食事が用意されていた。パンを頬張りながら窓の外を眺めると、小さな住宅や丸い形の移動式住宅が数多く立ち並んでいるのが見える。青、赤、緑など日に焼けた原色が特徴的だとフォルカーの興味は尽きない。
しかし、騎士を派遣とは好意なのか悪意なのか。食事を全て平らげると、大きくあくびをしたフォルカーは瞼が重くなってくる。対応策を考えながら、意外に寝心地のよいベッドの中で眠りにつくフォルカーだった。
§
フォルカーが公都に滞在したのは1日だけで、翌朝すぐに馬車を用意されて砦に移動することが決まった。砦に戻ってきたのは王国歴165年6月25日のことで、夕方近くにも関わらずマッチョ軍団が筋トレをしているのが目に入った。再会を喜びながら、滞在時のことを尋ねると比較的厚遇されたらしく、何と筋トレ仲間までできたというのだ。
「筋肉に国境は無い。頑張っただけ筋肉は身につく。筋肉は裏切らない!」
上腕をアピールしながらマッチョリーダーは答える。相変わらずのマッチョ隊に安堵したフォルカーは砦で1泊し、翌日はすぐにノイエラントに戻る準備に取り掛かった。派遣された騎士の世話をすることになったフォルカーだったが、騎士はずっと鎧を着けたまま過ごし、ろくに話もしなかった。
暗殺を恐れてのことかもしれないと、それほどフォルカーは気にしなかった。
たった一人で高速艇に乗って外交にくるのだから、剛胆な人物だろうとフォルカーは推測していた。身長も180cmを超えている。
(騎士団の副団長ってとこッスか)
使者が沈黙を貫いたまま、船はノイエラントに向かって進んでいく。風を使うことができないため、やや到着まで時間がかかることが懸念されていた。それでも王国歴165年7月2日の昼には、クリッペン地区の船着き場に到着していた。
さすがにフォルカーと公国の使者はに疲れが見える。それでも、出迎えに来ていたレオンシュタインにフォルカーは報告する。
「レオンさま。ヘレンシュタイク公国から使者をお連れしたッス。そういえば、ご使者殿の名前は?」
その瞬間、使者はレオンシュタインの前に立った。
「レオン。あんたも出世したね」
女?
レオンシュタインはその声に聞き覚えがあったが、誰かは思い出せないでいた。
「わかんないか。もう10何年も前だしね」
そう言うと使者は被っていたヘルムを取ったのだった。




