第247話 ヘレンシュタイク公国へ
王国歴165年6月15日 午前9時 クリッペン地区船着き場にて――
「今日もマッスルをみなぎらせていくぞ!」
「オス!」
「下半身も使うぞ!」
「イエス! マッスル!!」
全員で肩を組みながら出発前のコールを行う高速船1号艇のチーム「大胸筋」は朝から暑苦しかった。高速船を漕ぐメンバーには細いマッチョが多く、やや意外な印象を受ける。チーム「大胸筋」は、漕ぎ手が6人、帆を操る艇長とクルーが各1名の合計8名である。
横で見ているフリッツは興味深そうにコールを眺めていた。見送りに来たグラビッツも同様である。
「いやあ、頼もしいッスね。あのメンバー、一気にヘレンシュタイクまで行くって張り切ってますよ」
フォルカーの首に腕をかけたグラビッツは最後のアドバイスをする。
「フォルカー、無理するなよ。命が一番だからな」
「師匠。逃げるのは得意ッスよ」
「分かってればいい」
そう言って握手をした後、1号艇に乗り込む。
1日目はナレ砦、2日目はヴァルデック領北方の町モーリッツ、3日目はシュトランド首都クロートローテン、4日目はレーエンスベルク境界沿いの船着き場に泊まり込むことになる。食事は各船着き場から調達するため、船足は軽い。最後の5日目にヘレンシュタイク公国のナウウェン砦付近に到着する予定だ。
公国とはほとんど交流がないため、ノイエラントにどのような感情を抱いているかは分からない。それでも共通の敵レーエンスベルク辺境伯という一点で交流を広げたい、とグラビッツは考えていた。
「マッスル~ゴ~!」
かなりの速さでこぎ始めフォルカーは感傷に浸る間もない。あっという間に中心街から離れ、森の中に入っていく。
「イージー! マッスル!」
スキッパーのかけ声に合わせてチーム「大胸筋」の声が揃う。
「フォルカーさんも、さあ!」
スキッパーはにこやかに、しかも有無を言わせずにかけ声に加わるように要請してくる。フォルカーは、そういったノリが大好物である。1号艇のみんなと声を合わせて進んでいく。
「帆を上げろ!」
スキッパーの声で三角帆が広げられ、クルーは必死にバランスを取る。夏は南風が吹くため、北向き航路はいつもよりも早く進むことができる。心地よい風が1号艇のスピードを上げていく。
「リラックス! マッスル!」
スキッパーのかけ声で、マッチョ達は櫓を上げ休息に入る。それを見ながらフォルカーは高速船の有用性に改めて気付かされた。4時間が経過したばかりというのに、すでに行程の半分を進んでいる。食事休憩を1時間挟んでも、明るいうちにナレ砦付近の船着き場に着く計算になる。
そのまま何事もなくナレ砦の船着き場に着き、干し草のベッドでゆっくりと休むマッチョたちとフォルカーだった。
§
4日目までは何事もなく順調に船は進んでいった。
川幅は少しずつ広がって4日目には20mほどになり、水深も深く流れはとろりと波も立たずに、ゆっくりと流れていく。4日目の夜に着いたレーエンスベルク領との境界の町バンデルビットでは、艇長を交えて明日の対応策を話し合うことになった。
「フォルカーさん。バンデルビットからナウウェン砦までは約8時間かかります。しかも停泊場所がありません」
「それは、困ったッスね……」
その先のことを決断してほしいということだろう。フォルカーは命をかけているけれど、チーム「大胸筋」のメンバーには命をかけろとは言えなかった。
「砦の近くには旧シキシマ領がありナナエという村があったはず。そこに降ろしてもらおうかな」
艇長は首を縦に振らなかった。
「フォルカーさん。ナナエは既に廃村になっています。地図から計算すると砦までは歩いて2日程度かかります。実際はその倍はかかると見た方がいいですよ」
危ないと強調する艇長は1つの提案をする。
「フォルカーさんを砦付近に降ろしたら、私たちは一度ナナエに移動します。翌朝8時に砦の近くまで漕ぎ寄せ、フォルカーさんがいなかったら境界の町バンデルビットに戻ります。そして3日後、再度砦の近くまで行きます」
フォルカーはその厚意に感謝し、上陸の翌日に1回、3日後に1回、迎えに来るということが決定した。
王国歴165年6月19日 午前8時 境界の町バンドルビットの船着き場にて
「マッスル~ゴ~!」
なぜ、ゆっくりと出発することができないのだろう。いつも通り、かなりの速さでこぎ始める中、フォルカーは作戦のことを考える。
(ま、何とかなるッス)
体力温存のため毛布にくるまり仮眠を取る。マッチョたちはフォルカーをおもんぱかり静かに櫓を漕いでいた。廃村のナナエの近くに艇を寄せ、接岸できそうかを確認する。昔の船着き場は水深が浅くなっていたため近寄れなかったが、艇を持てばいけそうだ。確認が終わり、すぐにナナエを離れ、目的地に急ぐ。
「前方に砦見ゆ。恐らくナウウェン砦」
艇長の言葉にフォルカーは目を覚ます。身体を起こして前方を眺めると、砦からは煙が出ており人が滞在していることが分かる。既にこちらの艇を視認しており、砦から船を観察している姿も見える。砦前の船着き場に艇を止めてもらったフォルカーは、すぐに跳び下りると艇長にすぐに戻るよう命令する。
「クイック、マッスル!」
すぐに漕ぎ出すと、あっという間に艇は見えなくなってしまった。
(さて……)
砦に向かって歩いて行くと、中から兵士がばらばらと近寄ってきた。




