第245話 ジーナ&レベッカの一時帰国
王国歴165年5月17日 午前9時 ブローガング海岸の港にて――
「帰って来たわよ! クリッペン村……あ、今はノイエラントだっけ?」
トレードマークのダークブロンドのショートヘアをなびかせたジーナが甲板の上から身を乗り出している。
「姉さん、危ないよ」
長く伸びたプラチナブロンドを結わえたレベッカがジーナをがっしりと支える。双子の二人だが、帝国での滞在で顔つきが変わったように見える。ジーナは精悍な顔つきになり、レベッカは優しい雰囲気をまとうようになった。
この船はジーナとレベッカが制作に携わっていたもので、グブズムンドルの最新の技術が使われている。船長40m、船幅11m、積載量は200トンを少し超えるくらい。4つのマストと、高く丸みを帯びた船尾と船首に突き出した帆柱状のやりだしが特徴的だ。
「船長、もうすぐブローガング海岸ですぜ。港への入港準備は万全でさあ」
「副長、ご苦労さま」
ジーナに報告した副長はグブズムンドル出身であるように、この船に乗っているノイエラント出身はジーナとレベッカだけで、あとは全てグブズムンドル出身である。副長に準備を指示しながら、頭の中で操船の練習計画を立てるジーナだった。
「左舷に港を視認。とーりかーじ、少し」
船長ジーナの命令を航海士のレベッカは復唱する。
「とーりかーじ、少し」
自ら舵輪を操作し船を少しだけ左に傾ける。
「畳帆開始!」
「乗員は畳帆作業に取りかかれ。安全に、素早く!」
副長の指示通り、船の帆が巻き上げられ、残った小さな帆だけで港に接近するのだ。ブローガング港は山の陰にあり西風を防ぐ天然の良港である。桟橋も設けられており衝撃を和らげるための木材も見えてくる。
「レオンさんもやるねえ。こんなすごい港を1年もかからずにつくるなんてね」
ジーナは驚嘆の思いだ。規模は小さいけれどもグブズムンドルの港よりも格段に寄港しやすい。先発した運搬船の船長からも、水深が深くて座礁の心配がないと報告を受けている。
「岸壁まで100m、微速前進」
「ようそろう(この方向・角度へ向かって進め)」
ゆっくりと桟橋に近づき、射出された艫綱が桟橋の係留ピッドに巻き付けられ、ついに接岸となる。ゴゴンという大きな音と共に、船から渡り板が降ろされ桟橋と接続される。
「下船開始!」
積み荷がほとんどないため下船はスムーズに進んだが、港では米を積み込むために多くの人たちが待機していた。
「じゃあ、久しぶりに工房のみんなに会いに行こっか!」
ジーナとレベッカは、すぐにレオンシュタインたちが待っている馬車まで走って行き、思い切り抱きついて旧交を温める。ティアナに引きはがされた2人は、すぐさま工房に連れて行ってほしいとせがむのだった。
「親方! お帰りなさい!!」
工房の全員が笑顔でジーナたちを迎え、二人はもみくちゃにされる。二人は一人一人とハグをして工房を守り続けてくれてありがとうと言葉をかけていく。工房の外には料理用の鉄板が用意され、すぐに牛肉が焼かれ始める。
「へえ、やっぱりノイエラントは飢饉とは無縁だねえ」
目を細めたジーナは肉が焼けるのを待っていたが、レベッカは初めに重要なことを告げる。
「みんな、実は私たちは明日の朝には出航しないといけないんだ。帝国の食糧不足は深刻だからね。だから、今のうちに一緒に帝国に行って操船技術を学ぶ奴を決めておきたい」
副工房長は工房で働いている20名に行きたい奴はいないか声を掛ける。その瞬間、全員が手を挙げていた。レベッカはその全員と握手し勇気を称える。
「今回は4名しか連れていけない。立候補する奴はいるか?」
一歩前に出た4人の若者は全員が屈強な体格をしている。
「へえ、みんな根性がありそうだね。明日、行くけど大丈夫か?」
「勿論です」
「しばらくノイエラントには戻れないよ」
「覚悟の上ですよ!」
もう一度4人と握手したレベッカは、明日の朝、港に来るように申し渡した。ちょうど肉が焼き上がり、みんなの前に肉とビールが配られる。肉の焼ける香ばしい匂いに包まれながら、ジーナはジョッキを高く掲げ、乾杯をする。
「乾杯! 肉が旨いねえ! ノイエラント、最高!」
「で、親方。グブズムンドルの船はどうですか?」
ジーナとレベッカは牛肉の旨さに舌鼓を打つ中、工房のみんなは船のことが聞きたくてたまらない。特にジーナたちが乗ってきた大型外洋船のことに興味があるのだ。
「ああ、あいつか。あれはな……」
疲れて倒れ込むように眠るまで、ジーナとレベッカは船のことを仲間に話し続けるのだった。
翌日、レオンシュタインたちが迎えに来ると、工房のあちこちで雑魚寝をしているのが目に入る。ジーナとレベッカは、起こされると大あくびでレオンシュタインの前に進み出てきた。
「レオンさん。私たち、あの船のつくり方を学んできましたよ。この運搬作業が終わったら、すぐにつくらせてください」
「はいはい。楽しみにしてます」
レオンシュタインは笑顔でそれに応じレネは参考までに船の建造費を尋ねると、ジーナは大金貨250枚(約25億円)と事も無げに答える。
「出してくれるよね」
「は、はは……」
思わず苦笑いのレネだったが、笑顔で頷いていた。この船があれば更に領民の生活を豊かにできる。
「そのためにもジーナさん、レベッカさん。身体に気をつけて」
レオンシュタインの言葉に頷くと、すぐに馬車に乗り込んで船着き場に急ぐ。すでに200トンの米の積み込みは完了しており、副長が桟橋でそわそわしながら二人を待っていた。
「船長、航海士、もう出港ですぜ!」
「ごめんごめん」
謝りながらすぐに船に乗り込んでいく。2人の後を工房で選出された4人がわずかな荷物を背負いながら、追いかけていく。
「出港! 錨を上げろ!」
ジーナの声とともに、ガラガラと錨が巻き上げられ巧みな操作で桟橋から船体が離れていく。十分な距離を確保したのちジーナが命令する。
「おーもかーじ、いっぱい」
船体が右に移動し始める。このまま、グブズムンドルまで約1週間。夏の航海は海が荒れず、気持ちががいい。青空と白い入道雲を横目に見ながら、ジーナは離れていく桟橋を見つめる。見送っているレオンシュタインと工房の仲間たちが盛んに手を振っている。工房の4人も手がちぎれんばかりに振っている。目には涙が浮かんでいる。
「やっぱり、いいよねえ。私たちのノイエラントは」
ジーナも大きく何度も手を振り、レベッカは少し涙ぐみながら工房の仲間を見つめている。
もう桟橋は遠くに去り海の色も紺碧になり始める。
「総帆展帆開始!」
少しずつ帆が広がり、風を力一杯に受けて船は前に進んでいく。ザアザア、ザブンと船首が水を切る。
「総帆展帆、完了しました!」
レベッカの声に、ジーナは命令を下す。
「外洋船23号、全速前進!!」
明るい未来への航海が今、始まったのだった。




