第244話 大学の創立とマッチョ船
様々な出来事のために時期が遅れたけれども、ついにクリッペン村に大学が創立された。
王国歴165年5月15日 午前9時のことである。
ノイエラントの北西は広大な森が広がっており、その森を開拓して大学の敷地が作られていた。最初は村の中央に作る案もあったのだがバルバトラスが反対したのだ。
「俺らはそれでいいが、自然科学の奴らは広い場所が必要だろう。何よりも実験が大事だからな」
そのため1平方キロメートルの敷地が準備される。大学と寄宿舎以外には何もなく、周辺には人っ子一人いなかったが、バルバトラスは満足したように敷地を眺めていた。
「そのうち、この周辺は大賑わいさ」
10年も経たないうちに、それは実現することになる。創立の式典などは5分もなく、すぐにガイダンスが始まる。現在、設置されたのは、法学(バルバトラス教授)、神学(アンドレア神父)、鉱山学(サラ教授)、建築学(オイゲン教授、アレック助教授)、動物学(グスタフ助教授)、医学(ロッジェリオ教授)である。
その中でも医学部と鉱山学部はすぐに活動を始めていた。
ロッジェリオ教授はミリアが亡くなったときに、その腹から魔族の赤ちゃんを取り出し、ホルマリン液の中で保存していた。ミリアを埋葬するとき、魔族と一緒にしたくないというレオンシュタインの思いが教授への依頼となっていた。
一般の魔族は死ぬとカサカサになってしまい、今まで何も有益な知見を得ることができないでいた。そのため一般の兵士でも対応できるよう、鱗を溶かす物質を探すことにしたのだ。
「聖水だけに頼るようでは、戦えない時がくる。奴らの弱点を少しでもいいから見つけるのだ」
すぐに実験を開始した医学部だった。
鉱山学部も負けてはいなかった。そもそも美しいサラ教授に惹かれてしまう学部生は多かったし、一攫千金の夢があるのも鉱山学部だった。
「じゃあ、これから現場に行くけど、ついてくる子いる?」
10名くらいの男子学生が手を挙げる。
「そ? じゃあ、行こうか」
鼻の下を伸ばした学生は、すぐに後悔することになる。鉱脈を探して危険動物がうろつく山中を6時間ほど歩き回り、体中が傷だらけになってしまう。しかも、夕方になり大学に戻るだろうと思っていた学生の期待は、あっさりと裏切られる。
「じゃあ、今日はここで野宿ね」
結局、調査が終わったのは1週間後のことだった。
そのほかの教授たちは1時間ほどの講義が終わると、本職の仕事に戻っていった。結局、大学に残ったのはバルバトラスだけだった。
「まあ、のんびりやろうか」
講義後の対話を重視するバルバトラスは20名の学生を大講義室へと誘い、法律について自由に話すのだった。
§
王国歴165年5月20日 朝8時 ジーナの工房にて――
「よっしゃあ! できた!!」
レオンシュタインに発注された高速船がついに完成し、工房で働いているメンバーに喜びの笑顔が広がっていく。完成した高速船は、縦が8m、横幅が80cmという尖った構造をもつ。乗り込める人数は10人で、漕ぎ手は6人、帆の操作が2人のため、2人しか運ぶことができない。
船体は軽く丈夫で車輪のついた運搬車で運べるため、工房で働いている30人が力を合わせて川まで運ぶ。壊れないように細心の注意を払い、村の船着き場に船を浮かべる。細い船体の割には喫水線は深く、転覆などの心配は少ない。
漕ぎ手となる6人は、これまでずっとトレーニングを続けてきたマッチョたちであり、見るからに漕ぎそうだった。
「じゃあ、向こうの目印まで漕いでくれ!」
工房のリーダーが指で指した場所は遙か1km先の地点である。サブリーダーが自分の左手の拍動で時間を計ることにする。
「では、用意……スタート!」
一糸乱れぬ姿でマッチョたちがオールを漕ぎ、ものすごいスピードで先に進んでいく。
「リーダー! 思った以上に早いです」
望遠鏡でゴール地点を見ている係員は予想以上の速度に喜びを隠せない。
「ゴールです!」
その瞬間、サブリーダーの脈拍で計測した結果、約10ノット(時速18km)が出ていることが分かる。
「マジか……。単純計算で10時間で180kmか」
リベ川の流速は時速1.8~3.6kmほどという観測結果が記録されており、10時間で18km~36km進むことになる。しかも休息がいらない。次は帆だけを使用する実験に入る。マッチョ達はのんびりと船旅を楽しみ、二人の操作員たちが頑張ることになる。結果は予想以上に早く、約6ノット(時速11km)と計測される。
今日の実験によって1日にすすめる距離が明らかとなった。マッチョたちの稼働を4時間と考えて72km、川の流れは10時間と考えて18km~36km、帆は10時間と考えると、高速船は10時間で最大200kmほど走れる計算になった。
クリッペン地区の船着き場からヴァルデック領モーリッツまで2日で行ける計算で、ここまで上手くはいかないだろうが4日であれば常に可能との結論が出る。これまでは馬車で約8日かかっていた。
「さっそくレネさんやレオンさんに報告だ!」
ジーナ工房の従業員たちは興奮しながらレオンシュタインの小屋に向かうのだった。




