第241話 王国の暗躍
王国歴165年4月25日 昼1時 ユラニア王国 王都シュヴァーリン ヴェルレ公爵の館にて――
「二人とも、ご苦労だったな」
ヴェルレ公爵オットーは絵に囲まれた応接室の中で、窓際から離れた椅子に座って2人の使者を見つめていた。座っているのは金色と赤の装飾で彩られた2mほどの椅子で、肘掛けは黒い革で覆われている。昼であるにも関わらず窓には遮光カーテンが掛かっており、部屋の雰囲気はどんよりと薄暗くなっていた。
「まず、グブズムンドル帝国の使者から聞こうか」
使者は立ち上がりオットー卿を見ないよう目線を下げながら報告する。
「シーグルズル7世はフラプティンナ姫への婚約の申し出を拒否しました」
「当たり前だ。謁見してもらえただけで収穫だ。よほど飢饉が酷いとみえる」
オットー卿は肩頬を歪め、皮肉めいた笑いで使者を見つめる。使者は微動だにせずにその場に立っている。隣の使者は右膝をついて頭を下げたまま黙っていた。あの手も足も出ないと思われていた帝国が、意外に脆そうな事が分かりオットー卿はご満悦だ。
「もしかしたら上手くいくかもしれないな、アルムゲイル」
使者の横にいつの間にか立っていたアルムゲイルは、青白い顔を恭しく下げる。狂戦士との呼び声が高いアルムゲイルは腰にロングソードを下げ、胸を反らしたまま立っていた
「そのほかの首尾はどうだったのだ?」
「皇帝の長女エメリアさまには首飾りを贈りました。宰相からも贈り物が届いていたようです。下知の通りフラプティンナ姫の婚約を後押ししてくださるようお願いしました。脈は大いにありそうです。あの長女は妹のことを嫌っております」
思いの外、グブズムンドルでは収穫が多かったようだ。帝国が一枚岩で無いことが分かり、オットー卿は小さな笑い声をあげる。どの世界にも欲にまみれた人物は存在しているものだ。用意していた麻袋を、アルムゲイルは無造作に使者に手渡した。使者はその袋を持つと、存外、重い。
「よき働きであった。では1週間後にまた帝国に渡ってもらう。その時まで、しばらく羽を伸ばすがいい」
使者は頭を下げると黙って部屋の中から出ていった。
「では、ノイエラントの方はどうだったのか?」
召使いに飲み物を用意させるべくオットー卿は手を挙げる。部屋の隅に控えていた召使いの女は、すぐに部屋を出ていった。
「申し訳ありません。砦は既に強化されておりました」
「そうか。中に入れないようになっていたのだな」
「はっ。魔……」
その瞬間、召使いがワインを持って入室してくる。アルムゲイルは鋭い目で使者を制し、使者はすぐに口をつぐむ。ワインを置いた後、召使いを部屋から下がらせ、報告の続きを話すようにアルムゲイルが促す。
「魔族を潜入させていたナレ砦はあっさりと陥落しました。同時にノイエラントに潜んでいた同胞も、呪禁師に調伏されました」
顎に手をやったオットー卿はしばらく考え込んでいた。アルムゲイルはノイエラントの要注意人物を話すように促すと、テーブルを用意し使者を椅子に座らせる。テーブルの上には紙とペンが用意されていた。使者は、まずアリカタの名前を述べる。
「アリカタは呪禁師で、これまでも魔族を多く倒しております」
「シキシマで暴れた男だな……」
アルムゲイルはハタと手を打ち記憶を蘇らせる。かなりの実力者であることが報告されていた。次に名前が挙がったのはフォルカーだった。
「このフォルカーという男、魔法を使えず、呪禁師でもないのに魔族を倒しております」
「そういった男は扱いにくい。要注意だ」
そこまで話したとき、使者はおずおずとアルムゲイルにあることを尋ねる。
「……アルムゲイルさま。私の妻は元気にしているでしょうか?」
「元気だ。ただ、お前の前任者がどうなったか、それを考えながら働くことだな」
「……分かっております」
アルムゲイルは無表情のまま返答し、力なく頭を下げた使者は見えないように歯を食いしばった。情報を全て話した後、ようやくオットー卿が口を開く。
「ところでティアナの居場所だが分かったのか?」
「ノイエラントにおります」
「ノイエラント? ほう、逃げずにいたということか」
「はっ」
一番聞きたい情報を得たオットーは勇んで褒美を与えると、すぐに使者を下がらせる。時刻は16時を過ぎていた。
「アルムゲイル。ノイエラントへの再侵攻を命じる。時期は9月過ぎがよいだろう。今年の作柄がどうなるのか楽しみではないか」
「はっ。早急に準備させましょう」
「それはそうと、最近、俺の周りを嗅ぎ回っている奴がいるようだ。情報は掴んだか?」
「申し訳ありません。もうしばらく時間を……」
「分かった。だが不快なことだ」
オットーは最近、自分の周辺を嗅ぎ回っている人物がいることに気付いていた。絶対に知られてはならないことだけに、細心の注意を払っている。
「ところで、あの魔法兵団副団長の一族はどうした?」
アルムゲイルは残忍な笑顔を見せる。
「全員、適切に《《処分》》しております」
「ほう、適切に……か」
それを聞いたオットー卿は、愉快そうな笑いを響かせるのだった。




