第240話 暗躍
その様子を見ていた帝位継承権第1位長男ヨウハン、帝位継承権第3位の次女エメリアは苦い顔つきとなる。二人はフラプティンナが外交や演奏会で出しゃばるのを苦々しく思っていた。整った顔立ちの美男美女なのだが、どうしてもフラプティンナが目立ってしまう。
「父上にも困ったものだ。フラプティンナに甘すぎる」
けれども二人ともフラプティンナの代わりにノイエラントまで船旅をするのは、ご免被ると考えていた。そんな小さな国に行くのは帝国の威信に関わると歪んだ自意識をもっていた。飢餓とは無縁の生活をしている二人には、ノイエラントのもたらした恵みについて何の感慨も湧かなかった。
謁見の間から揃って出て行くとき、長女エメリアが周囲を見回し誰もいないことを確かめると長男ヨウハンにそっと近づく。
「兄上、ご存じですか? ユラニア王国から極秘の使者が来たことを」
エメリアは低い声で兄の耳にささやきかけ、ヨウハンは知らないと答えると彼女は暗い笑顔である事実を伝えてくる。
「実は、ユラニア王国から友好を深めるためにフラプティンナへ婚約の申し込みがあったのよ。誰からだと思う?」
「誰? 王太子?」
「違うのよ。ユラニア王よ!」
ヨウハンは信じられないという風に手を振る。
「ユラニア王って、確かもうすぐ60歳くらいだろ? それが40も年下の他国の王女へ求婚だなんて、よく父上が怒らなかったね」
「大激怒よ。でも飢饉が発生していたから目通りを許したらしいわ」
エメリアはヨウハンを近くの小部屋へと誘う。
「実は私に贈り物があったのよ。ユラニア王国のヴェルレ公爵から、ご挨拶にと宝石を散りばめた首飾り、それに宰相からも宝石の腕輪や金の延べ棒が山のように」
「俺には来なかったがな」
ヨウハンは悔しそうな表情になる。帝国の跡継ぎでありながら軽んじられていると思ったのだろう。
「次からは来るわよ。で、どう思う? 王国の申し込みは」
少し考えこんだヨウハンは考えを小声でエメリアに伝える。
「飢饉の解消のためにフラプティンナが嫁ぐことは、それほど悪いことじゃない。王国と結びつきを深めるのはよいことだ。ノイエラントなんて小さな田舎と結びついても、いいことはない」
兄の気持ちを聞いたエメリアは安堵したように息を吐き出すと、さらに暗い目つきになる。
「兄さま。次に申し込みがあったら父上に進言してくれる? お受けするように、と」
「ああ、分かった」
そして二人は小部屋から出て、自分の居室に帰っていくのだった。
数時間が経ち、輸送計画がまとまったグブズムンドル帝国宰相は、皇帝に報告するために謁見の間に移動する。皇帝は和かに宰相を出迎えながら詳細な計画について報告を聞いた。
「現在、我が国の外洋運搬船は10隻ございます。それを全て輸送に回します。現在建造中の外洋運搬船は2隻で進水が5月となっています。そのうち、一隻はノイエラントからの研修生が製作に関わっております。この2隻も輸送に利用しましょう」
その結果、輸送に約半年がかかることが告げられる。
「半年後に帝国でも収穫時期を迎えるがが米の輸送は継続しよう。何と言っても、食料はいくらあっても悪いことではない」
「陛下。シキシマ国へも使いを出しましょう。仲介はレオンシュタイン殿ですが、実際に売却してくれたのはシキシマ国のマサムネ殿です」
それを聞いていたヴィフトは胸に微かなざわめきを覚える。この援助には2つの隠された目標があるのではないか。1つ目はゴート族への偏見を減らすこと、2つ目はノイエラントは王国として振る舞おうとしているのではないか、だ。
(レオンシュタイン殿はそのようなことに疎い。では、レネ殿かフリッツ殿にそういった思惑があるのか? 用心しなければならないな)
そう考えたヴィフトは次にノイエラントへ派遣する領事に自分の息がかかった者を派遣することに決める。ヴィフトが考えこんでいる間に宰相は船に関して1つの提案をする。
「陛下。ノイエラントの2人が制作に携わっている外洋船は、運搬が終わり次第、ノイエラントへ引き渡してはいかがでしょう?」
皇帝は鷹揚に頷き、その提案を受け入れる。
「また、輸送の際にもノイエラントから船員を出してもらうとよいでしょう、彼らの練習にもなりますから」
宰相の優しすぎる提案を是としつつヴィフトも皇帝へ進言する。
「我が国への友好を示している国には、やはり優遇が必要です。ユラニア大陸ではノイエラントだけですから」
友好国が少なかったために、現在、食料の輸入が滞っている。
「輸送はそれで良いとして食料生産も上げていく必要があります。さらなる生産計画も立てていかなければなりません」
グブズムンドルにも春が訪れ、窓の外の雪は消えつつあった。ノイエラントからの米で人々の表情にも明るさが戻るだろう。
けれども、その水面下では様々な思惑が渦巻いているのだった。




