第239話 帝国へ春の便り
王国歴165年4月16日 午前9時 グブズムンドル 帝王宮 謁見室にて――
「ノイエラントへの駐在、ご苦労であった」
巨大でありながらも質朴さを感じさせる謁見の間では、皇帝を中心として宰相や大臣がずらりと椅子に腰掛けており、さらに第1王女を初めとする皇族たちも出席していた。謁見の間は大きな暖炉で囲まれており、外の寒さを全く感じさせない。
領事の4名にねぎらいの言葉をかけたシーグルズルズル7世に総領事は深々と頭を下げる。総領事が周囲を見渡すと閣僚であっても痩せた体型になっている。それは閣僚の清廉さを表していて望ましいことではあるのだが帝国の窮状を表しているともいえた。そのため、帝国に勇気を与えられる報告ができることに総領事は胸を張るのだった。
「宰相に申し上げます。ノイエラントのレオンシュタイン殿は、我が国の窮状を聞きシキシマから30万人の1年分に当たる米6万トンを調達しました。輸送に関しては、外洋船がないためグブズムンドル側で用意していただきたいとのことでした」
「6万トン……だと?」
「6千トンの間違いではないのか?」
周囲にざわめきが起こる。それが本当であれば食料問題は大きく改善し、帝国民が飢餓状態から脱却することができる。宰相は聞き間違いと思い、再度、総領事に確認する。
「確認だが6万人分の米を確保したということかな?」
6万トンはあまりにも多すぎる量だ。恐らく言い間違いだろうと宰相は判断する。
「宰相、私は6万トンと申し上げました。30万人が1年間、食べていける量だとレオンシュタイン殿から伺っております」
宰相始め、閣僚は一様にその場に立ち上がってしまう。シーグルズルズル7世も喜びを抑えきれず、椅子の肘掛けを握りしめた。その中で唯一財務大臣だけは渋い顔つきになる。それだけの量であれば、かなりの高額を覚悟しなければならない。
米10kgあたりの値段として、銀貨2枚(約2万円)は覚悟しなければならない。それでも十分に安いとは思うが、ユラニア王国のように小麦10kgが銀貨5枚になることもあるのだ。
「10kgあたりの値段はいくらかな?」
財務大臣は冷静に声を掛けながら総領事に近づき、彼の肩を叩きながら確認する。
「は、銅貨15枚(1500円)でございます」
「馬鹿な!!! 銀貨15枚(15万円)など支払える額ではないわ!!」
頭の中に銀貨という単位しかなかった財務大臣は苦い顔つきになる。肩に掛けた手を振り払い、その声は謁見の間に響き渡る。
「大臣。銅貨15枚でございます!」
縋り付くように総領事は財務大臣の言葉を訂正し、周囲にいたヴィフトが再度確認する。
「総領事よ。確認するが米が6万トン。値段が米10kgに対し銅貨15枚というのだな?」
「その通りです。間違いございません」
宰相とヴィフトは同時にシーグルズル7世に向き直り、満面の笑みで祝いの言葉を述べる。
「うむ。今年に入り、このような嬉しい便りは初めてである。これで我が帝国民も窮状を脱しよう」
シーグルズル7世の横で誰よりも笑顔だったのは第2王女フラプティンナ姫だった。その様子を喜びながら、皇帝は独り言のようにヴィフトに問いかけた。
「それにしても、マエストロ(レオンシュタインのこと)は、なぜ我が帝国に米を輸送したのであろう?」
「ノイエラントは建国時に我が帝国から融資を受けております。それを恩に思っていることは間違いありません。また、あの御仁は他人の窮状を放っておけない人柄と見ております。友好国として頼もしい限りです」
溢れる笑顔を押さえきれないヴィフトは、素直に自分の考えを述べていた。宰相もそれに続ける。
「あのような小さな村に融資などと当時は反対したが、今となってはヴィフト卿に先見の明がありましたな。ヴィフト卿の言われるとおり友好国の待遇が相応しいでしょう。領事館だけではなく大使館も設立すべきです」
運輸大臣は大量輸送の計画を頭の中で思い浮かべていた。
「それにしても、6万トンの海上輸送はなかなかに骨が折れますな」
「そこは我が国の威信をかけて、早急に実施しなくてはならないな」
総領事はレネの作った輸送計画を宰相に手渡す。宰相はその計画を一瞥に驚嘆のため息をつく。
「このような巨大な計画を立てられる者が、あのような小さな領地にいるとは……」
「宰相……世界は広うございますな」
レネの輸送計画をもとにグブズムンドル帝国側の動きを決めるべく宰相と運輸大臣が別室に歩いて行った。また食料の流通に関して、配給にするのか流通にするにか、農業大臣と財務大臣がこれまた別室に急ぐ。
このような活気が生まれたことをシーグルズル7世は満足そうに眺めていた。そして、その場に残っていたヴィフトに向かって思い出したように1つの依頼をする。
「ヴィフト卿。寒い中ではあるが、我が名代としてノイエラントに赴き、感謝の意を伝えてもらえないか。また、大使館の設置も提案してくるように」
ヴィフトは黙って頷く。そもそも今回の案件は、総領事が決定できる事柄ではない。飢饉という緊急事態であるからこそ法を拡大解釈し、自国民の保護ならびに経済活動を結びつけて米を確保したのだ。
すると側に控えていたフラプティンナ姫が皇帝に同行を願い出ていた。
「皇帝陛下。名代と言われるのであれば面識もある私が相応しいと思います。どうかヴィフト卿とともにノイエラントに派遣してください」
表情を崩しニヤリと笑った皇帝は、有能な第2王女をからかっていた。
「レオンシュタイン殿に会いたくなったのかな?」
「陛下!」
顔を赤らめながら怒るフラプティンナ姫を見ながら臣下一同は笑いに包まれる。ヴィフトの推薦もありフラプティンナも同行することに決まった。
冷たい北国の宮殿で、久々に心温まる出来事が起きたのだった。




