第238話 米が旨いよ
王国歴165年4月7日 午前8時、シキシマ首都ヤマトの頭首館前――
「さあ、帝国にシキシマの美味い米を運搬するぞ!」
「おお!」
マサムネやレオンシュタインたちが見守る中、最初の馬車が当主館前を出発した。6万トンの米の輸送計画はレネによって計画され、すぐに実施される。1ヶ月はかかると言われた計画をレネは1週間で立案した。驚異的な行政能力だが本人は涼しい顔だ。
「早く終わらせないと愛しのアイシャに会えないからな」
ナレ砦近くの船着き場まで運び、その後は運搬船を活用してブローガング海岸近くまで輸送する。港の船に積み込めば、あっという間に6万トンは運べるとレネはソロバンを弾いていた。
旧村長の丸太小屋では、フリッツがグブズムンドル帝国と折衝し、外洋船での運搬計画について話し合っていた。未曾有の運搬計画のためプレッシャーもかかるが、それが多くの命を救うとあっては、絶対にやり遂げてみせると心に秘めていたフリッツだった。
「マサムネ殿、心から感謝いたします。では、グブズムンドルから支払いがあるまでノイエラントがお金を立て替えます」
「何を水くさい、婿殿。我が領土もノイエラントの一部ですぞ。そのような気遣いは無用!」
婿殿という言葉に顔が引きつるレオンシュタインだったが、マサムネの好意は巨大だった。心からの感謝の意を込めて握手をする。
「それよりも婿殿。シノのことをくれぐれもお頼み申しますぞ」
「わ、わかりました。それでは」
痛いくらい手を握ってきながら、同じ事を3回も繰り返すマサムネだった。結婚のことを蒸し返されてはたまらない、と、レオンシュタインは出発を急がせ一行は村への帰路についたのだった。
馬車と船を利用し3日でノイエラントに到着するやいなや、グブズムンドル帝国と価格折衝が締結し、10kg銅貨15枚で売却することが了解された。
「レオン殿、本当に何とお礼を申し上げてよいか……。グブズムンドルにも米料理はありますので抵抗なく食べられると思います。ゴート族への偏見も減ることでしょう」
領事館の代表は涙を流しながら、何度も何度も手を握りしめてくる。これによって帝国の多くの命が救われるのだ。それこそ望むところである。また港に外洋船を横付けしてもらえれば、出来たばかりの港のできを判断できる。港が稼働すればノイエラントに新たな雇用が生まれ、人口も増えるだろう。
「ぶっつけ本番になりますがグブズムンドルの船を港に誘導しましょう。接岸に使うものは用意してあります。それが可能であれば大量に輸送できます」
フリッツの言葉にグブズムンドル側に否はない。というより一刻も早く運搬したいともどかしい表情が広がっている。カッター船が沖で碇を降ろしている外洋船に向かって行く。
「米を6万トン買い付けた? 凄え話だ! で、港に入港しろってか?」
興奮を隠そうともせず船長は使者に確認する。使者は地図を使いながらブローガング海岸の港へ移動するよう船長に説明する。
「へえ、いつの間に港を造ったんだ? よし! その港に入る練習といこうか」
船長はすぐに碇を上げ、ゆっくりと港の方へと進んでいった。海岸に近づくにつれて強かった風が収まり、天然の良港であることがすぐに分かる。
「水深も深いようだ。この港は当たりだぜ!」
船首で海を眺めながら、船長はゆっくり港に近づくように指示を出す。熟練の船員が多いこの船は風が弱かったこともあり、一発で接岸してしまった。すぐに係留ロープが岸壁に投げられ、岸壁のビット(係留柱)に掛けられる。渡し板がいくつも掛けられ船員たちが元気よく岸壁に降り立った。
「やっぱり陸はいいなあ」
思い切り伸び上がりながら、船員たちは陸地の良さを噛みしめる。それを嬉しそうに眺めていた船長は、すぐに命令を下す。
「船に米を運び込め!」
「おう!!!」
「やったぜ!」
バルノー川の集積所に積まれている米は、外洋船から200mほどの場所にあり人力で運ぶことが用意だ。船員たちは村から食べ物を差し入れられていたため、力が有り余っている。あっという間に船の限界、200トンまで積み込んでいた。喫水線がかなり下がっているが、船長は気にもしなかった。
米の検分をしていたフリッツに確認をした後、船長はすぐに碇を上げることを命令する。グブズムンドル帝国と折衝するためにフリッツはそのまま船に乗り込み、ノイエラントの面々に手を振っている。するすると船は岸壁を離れ、外洋に向かって波を切りだした。
西風が強い中、船は7日でグブズムンドルのグロッタ湾の港に到着した。
§
船着き場に近づくにつれ、船長は港で働く人々の歩みが遅いことに気付く。背中も曲がり、視線も地面に向けられている。ノイエラントでは船員がお腹いっぱい食べていたため、その現実を少し忘れかけていた船長だった。
(でも、この米があれば)
船長は大声を出し、港で働いている作業員たちに呼びかけていた。
「ノイエラントから米を買ってきたぞ~。米を炊ける大きな釜を用意しろ!」
のろのろと仕事をしていた作業員は、その言葉を聞くと背中をぴんと伸ばしていた。目の色を変えて釜を3つ用意し、水で満たす。船が接岸すると、船員はすぐに米俵を担いで釜の所に移動した。すぐに王宮に伝令が出され、米を買い付けてきた旨を報告する。
運ばれてきた米を確認しようと、帝王宮から派遣されたヴィフトが船着き場まで馬を全力で走らせていた。港には次々と米俵を陸揚げされており、米俵が積み重なっていた。また港の先に置かれた釜では米を炊いているではないか!
「熱! あっつっつ!」
炊けるのが待ちきれず作業員は釜の蓋を開けようとしてしまう。そんな中、ようやく米が炊きあがり、蓋を開けると大きな湯気が白く立ち上る。美味しそうな米の匂いが船着き場に広がっていった。
「ライスボールだ! 塩を付けて、すぐに食べろ!!」
手を火傷しそうになりながらも、作業員たちは一心不乱に米を握ってライスボール(お握り)をつくる。できるのがもどかしく、できるそばから口の中に放り込まれていく。
「熱! いや、うまい!!」
完成したライスボールは塩しかついていなかったが、作業員たちは今までに食べたものの中で最も旨い食べ物のように感じるのだった。




