第236話 綺麗なお姉さんは好きですか?
レオンシュタインの前に正座したマサムネは、声を改める。
「レオンシュタイン殿。我がシキシマもノイエラントの一員に加えていただけないか。我が国ばかりか他国の飢饉にすら想いを寄せるその慈愛と寛容に、このマサムネ、感服いたしました」
マサムネがその場のサムライたちに是非を問うと、異議なしの声が響き渡る。その場にいた全員がレオンシュタインの方に向き直り、正座しながら頭を下げる。
「それでは我々の新たな当主に挨拶しようぞ。何卒よしなにお願い申し上げ候」
マサムネの言葉の後、サムライたちは全て平伏する圧巻の眺めだった。その後は無礼講になり、大宴会が始まった。レオンシュタインの横で食べ物を取ってきたり、お酒を注いだりとシノは甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
それを見ていたマサムネは、ぐっと酒をあおる。
「ところで、シノ。もうレオン殿と床入りは済ませたのか?」
「いいえ。まだでございます」
酒の力もあってか、マサムネはかなり際どい話題にふれる。シノはやや悲しそうにうなだれながらも、給仕の手は緩めない。マサムネは鋭い目でレオンシュタインに確認する。
「レオン殿。シノはお気に召しませんでしたか?」
「いいえ。シノさんは、とても可愛らしくて素敵な方です。それに参謀としても活躍しております。私の食事の世話も専らシノさんです」
嬉しそうな笑顔を浮かべるシノを見つめながら、分からないという風にマサムネは頭を振る。
「けれども、お手つきにはならない……ということは、シノに魅力を感じないということですな。では」
パンパンとマサムネが手を叩くと、横の襖が音もなく開きキモノをまとった女性が現れた。
「こちらは、長女のサツキです。シキシマで月読の巫女(占いによって予言をする巫女)をしておりますが、まあよいでしょう。レオン殿に仕えさせたいと存じます」
サツキは音を立てずにレオンシュタインの横に来て、徳利を持つ。
「レオンさま、ささ、おひとつ」
サツキは長いストレートの黒髪が美しい、典型的なシキシマ風の女性だ。シノよりも2歳年上で、さらに妖艶を感じる唇と長いまつげと蠱惑的な目が特徴的である。身長も170cmとかなり高く、すらりとした肢体と豊かな胸と臀部が目立っている。シノに勝るとも劣らない美しい女性だった。
「サツキはシキシマ一の美女。これならば、レオン殿も気に入ることでしょう」
「あ、あの!」
慌ててレオンシュタインはその言葉を遮る。
「気に入るも何も、私はシノさんが側にいてくれるのでサツキさんは別に」
けれども、マサムネは納得しない。
「レオン殿も男であるからには、女が欲しくなることもあるでしょう。シノに手が出ないのであればサツキがお側に使えた方が」
ますます悲しそうな表情になるシノを見ると、レオンシュタインは黙っていられなくなる。
「マサムネ殿。私はシノさんを気に入らないとか、魅力がないとか一言でも言いましたか? シノさんほど素晴らしい女性は、そうそういないと思っています」
シノの顔がさっと明るくなり、愛しさを含ませた眼差しでレオンシュタインを見つめている。さりげなく横に座ると、彼との距離を縮めていく。ムキになるレオンシュタインと妹シノの表情を見比べながら、サツキは酒を勧めてくる。
「まあまあ、まずは一献」
「これは、美味しいお酒ですね」
レオンシュタインはぐっと一息に飲むと、口当たりが良くて飲みやすい。シキシマでも特に美味しいお酒であることをサツキは説明し、艶やかに笑って勧めてくる。その様子をハラハラ、イライラしながらシノは眺めている。
「レオンさま、あまりお酒を飲まれますと」
シノがやんわりと注意するものの、サツキが勧めるままにレオンシュタインは酒を飲み続けていた。止めようにもサツキの勧め方が上手く、杯が乾く暇がない。
「……少し、酔ったかな?」
レオンシュタインの目が今にも閉じようとしている。シノが手を出す前にサツキが動く。
「それはいけません。こちらにお休みする場所がありますので、どうぞ、ご案内します」
レオンシュタインの腕を肩に乗せ、そのまま別室に連れて行こうとするサツキを見て、シノは思わず声を荒げる。
「姉上、そのようなことは私がいたします」
けれどもサツキは頓着しない。
「シノ。そこで『レオンに触らないで』と言えない貴方は側室失格です。貴方は宴席でレオン様の代理を務めなさい」
ぐっと言葉に詰まったシノは、その場で立ち尽くしてしまう。
「あれ? レオンさまはどちらに」
話をしようと待っている人たちが10人ほど列をなしている。シノはすぐに対応を始めるが、どうしてもレオンシュタインが気になる。その頃、レオンシュタインは豪奢な部屋に案内され、布団に寝かされていた。
「さあ、レオンさま。服を脱いで気持ちを楽にしてください」
するすると服を脱がせてしまうサツキは、いつの間にか自分のキモノまで脱いでしまっていた。
赤い襦袢に赤い唇が、ほの暗い部屋の中に浮かび上がるように見える。
「レオンさま、私の服もとってくださいません?」
レオンシュタインの横にするりと入ると、顔の側で甘えるような声を出す。けれども、レオンシュタインは苦しい頭の中で理性を保っていた。
(シノさんのお姉さんに……)
けれども、サツキのささやくような声がレオンシュタインの理性をはぎ取っていく。また、頭がぼうっとして目から光が失われていく。ふらふらとサツキの襦袢を脱がせようとした瞬間、部屋の白い襖が開けられる。
「姉上! 一服盛りましたね」
レオンシュタインの様子を見て、シノは姉の陰謀を見て取った。サツキは袖を口にやり、あざ笑うように目で妹を侮蔑する。
「既成事実を作れば良いのよ。別に薬を使ってもいいじゃない?」
シノは懐からカイケン(短い刀)を取り出す。
「私はレオンさまの気持ちを無視したやり方が嫌だと言ってるの!!」
「何を甘いことを……。だから貴方はダメなのよ。男なんて一度寝てしまえば、あとは」
その瞬間、シノはサツキに斬りかかり、サツキはカイケンでそれを防ぐ。
「あら、私に切りつける度胸はあるのね?」
二人はカイケンを前にして、対峙する。
「レオンさまを侮辱するような輩は、例え姉上といえども許すわけにはいきません」
その緊迫した状況で、レオンシュタインは口を押さえると慌てて庭の方へ走っていく。
「レオンさま!」
シノが近寄るとレオンシュタインは胃の中のものを思い切り庭へぶちまけていた。カイケンを鞘にしまうと、シノはレオンシュタインの背中を優しくさすり続ける。
「レオンさま、全て出してください。今、水をお持ちしますから」
そう話すと、すぐに茶碗と水瓶を部屋の隅から運んでくる。
「さあ、レオンさま」
茶碗で水を飲ませながら胃の中の物を全て吐き出させてしまう。
(これで、姉上の怪しい薬の効果は無くなるはず)




