第235話 シキシマとの交渉
王国歴165年4月3日 午前10時 シキシマ国首都ヤマトにて――
「レオンシュタイン殿、ようこそシキシマへ。ご無沙汰しておりました」
マサムネを中心にカゲツナなどシキシマの重臣たちが一堂に会して、レオンシュタイン一行の訪問を歓迎した。たくさんの花に囲まれた迎賓館は、春を迎え、かぐわしい香りで溢れている。建てられたばかりで木の香りが強い迎賓館は、収容人数は1000人だとカゲツナから告げられていた。
宴会場に到着すると村の一行はみな靴を脱ぎ、畳の上を歩いていく。レオンシュタイン一行の座る場所は上座であり、テーブルと椅子が準備されていた。横には、マサムネとカゲツナの椅子も準備されている。
「折衷ですな」
フリッツが感想を述べる。この厚遇には、生活の変化があるのだろうとレネは推測していた。久しぶりに見たシキシマは以前とは違い、活気に溢れていた。露店が建ち並び、食べ物やアクセサリーが自由に売り買いされている。
シキシマで育てられているザクロや梨などの果物が、店頭にたくさん並べられている。服装も伝統的なキモノだけではなく、シャルロッティが制作したROTTIブランドの洋服を着ている人を何人も見ることができた。シキシマに2つの支店を出したと以前シャルロッティが話していたけれど、かなりの人気のようだ。
何より人々に笑顔が多く見られる。子どもたちが街を走り回り、飴や林檎を買って思い思いの場所で食べている。本屋も先月オープンした花月亭が大人気だ。中に入ってみると、少年少女文芸や旅行記、観光案内、幸せに生きる20の方法など、たくさんのジャンルの本が棚に綺麗に並べられていた。子供向けの絵本も置かれている。
「シャル……こんなに多角経営を……」
レオンシュタインが感嘆の声を漏らす中、子供から大人まで、思い思いの本を手に取っているのが見える。中にはシキシマのサムライを主人公にした少年文芸まであり、台の上に山積みになっている。聞くと並べた端からすぐに売れるのだそうだ。
昼に見た町を思い出していたレオンシュタインの横で、マサムネが豪快に笑いながら酒を注ぐ。全員に行き渡ると、マサムネが乾杯の音頭を取る。
「では、乾杯!」
「乾杯!!」
宴会場に大きな声が響き渡った。レオンシュタインがぐいっと酒を飲むと、ワインとは違った味わいを感じる。豊穣な果実のような香りが口の中に広がる。
「これはダイギンジョウと申します。なかなか手に入りにくい酒ですよ」
マサムネは上機嫌で話を続ける。横にいるレネ、シノ、フリッツに目配せしたレオンシュタインは、すぐに本題に入った。
「実はマサムネさまにお願いしたいことがございます」
杯を前に置き、じっとマサムネを見つめる。マサムネは、やや警戒した様子になる。
「私が力になれることでしたら」
「シキシマ国で現在、備蓄している米はどれくらいあるのですか?」
やや意表を突かれたように目を見開いたマサムネは、部下に命じて資料をもってこさせる。
「シキシマの倉庫には30万人分の米が2年分ございます」
昔から倉庫となっている山に米を備蓄しているというのだ。倉庫内の温度は10℃前後で、籾米を長期保存するには最適なのだという。
シキシマの人口は確か約18万人と聞いたことがある。
「実は我が友好国のグブズムンドル帝国で飢饉が発生しております。外交官ですらまともに食べていないのですから、子どもたちはどうしていることでしょう。恐ろしいことです。今年不作である御国に頼むのは心苦しいですが、30万人分の米を1年分、売っていただけないでしょうか?」
「米を……」
レオンシュタインは必死にその重要性を訴える。それに続けてフリッツが価格面での交渉に入る。
「シキシマでは、米10kgをいくらで販売しているのですか?」
「銅貨5枚(500円)です」
「では、銅貨15枚でグブズムンドルに売りたいと思います。30万人分でしたら輸送費と合わせて大金貨150枚(約15億円)となりますね」
「大金貨150枚……」
マサムネはしばらく熟考する。横で聞いていたカゲツナは巨額の取引に腰が浮きかけている。
「分かりました。輸送費込みで、その値段でいきましょう」
「ありがとうございます。マサムネ殿」
レオンシュタインとマサムネはがっちりと握手をする。30万人の1年分なら60万人の半年分、全人口120万人であれば3ヶ月分だ。他の食べ物も考えれば、次の収穫まで犠牲は少なくできるし、子どもたちもご飯を食べられるだろう。
それを考えると、レオンシュタインは嬉しくてたまらない。その様子をマサムネは冷静に眺め、やがて口を開く。
「今年はルカス殿の指導のおかげで、野菜をたくさん植えることができました。それに、オイゲン殿やアレック殿が上下水道と農業用水路を完成させてくれました。魚を売る人たちもたくさんシキシマに来ていただき、米以外のものもたくさん食べられて飢饉の影響を全く感じないのです」
レオンシュタインの方に身体を向け、マサムネは声を改める。
「レオン殿、実はこのサナダ・マサムネ、1つのお願いがございます」




