第231話 港? マジッスか?
「ユラニア王国が再侵攻?」
会議に参加しているメンバーは色めき立つ。グラビッツは表情を緩めて、ゆっくりと口を開いた。
「この前進行してきたレーエンスベルク辺境伯軍も軍備を増強していると報告が入ってる。また、レーエンスベルク辺境伯が突然侵攻してきた理由は、依然として曖昧なままだからな。まあ、警戒はしておこうって話だ」
シノがこくんと頷いたために、レネは人事の変更を承認する。
「ではグラビッツ殿とシノさんを入れ替えます。グラビッツ殿、情報収集をお願いします。シノさんも引き続き参謀チームで活躍を期待しています」
「おう」
「分かりました」
そこで、ようやく会議が終了した。王国の侵攻や港の建設について、しばらく立ち話が続き、やがて解散となった。
王国歴165年4月上旬 会議が終了した丸太小屋の前にて――
「あの硬い山を削るのは……なあ」
会議でも妙案が浮かばなかったディーヴァとオイゲンは、気を取り直そうと喫茶『ミルク娘』に向かって歩いていた。
「わあ、いらしゃ~い」
アイシャの笑顔に二人は救われたように、ほっとする。カウンターの奥では魔法院院長のマーニがコーヒーを楽しんでいる真っ最中だった。二人に会釈をしたマーニは、読みかけの本に目を戻す。ミルク娘はコーヒー一杯の注文で閉店までいられるため長時間の客も多かった。アイシャはそれを全く気にせず、自分ものんびりとカウンターで過ごしているのだった。
ゆっくりとコーヒーが来るのを待ちながら、二人は港の話を続けていた。
「削るのは手作業でも出来ないことはないが、3年はかかるだろうな」
「もう少し早くしてえ……。何か、いい手はないもんかな」
ディーヴァとオイゲンは一流の技術者なのだが、その知見をもってしてもすぐに港を完成させる妙案は出てこなかった。
「は~い、お待たせ~。ディーヴァさんは砂糖ちょっぴり、オイゲンさんはたっぷりでしたね」
目の前に置かれたティーカップからは、濃いコーヒーの香りが漂う。二人は十分に香りを楽しんだ後、粉が下に沈むのを待って一口すする。
「美味い!」
目の醒めるような濃さのコーヒーが二人の胃の中に流れ込んでいく。何分もしないうちに二人のカップはコーヒーのカスだけになってしまう。
「アイシャさ~ん、コーヒーお代わりね」
アイシャは笑顔で頷くとカップを片付け、すぐに二杯目の準備に取り掛かる。
「それにしてもノイエラントが誇る天才二人を悩ます問題って何かしら?」
鍋にコーヒーを入れながら、アイシャは首を傾げる。二人は山が硬くて港の建設が難しいことを、アイシャに切々と訴えるのだった。
「ねえ、マーニさん。何かいい知恵はない?」
身体の向きを車椅子ごと変えて手作りクッキーをマーニのカウンターに置く。
「山が硬いと何でダメなのかねえ」
「そりゃあ、岩を砕くのが難しくなるからさ」
それを聞いたマーニの目がきらっと光る。
「お二人さん。その岩を削る方法を知ってるといえば?」
「マーニさん、是非!」
二人はマーニに飛びつかんばかりに近寄っていく。二人の必死な様子を見てマーニは笑顔に戻った。
「実は土の魔法に『ディック』というものがあってね。土や岩を掘ることができるのさ。まあ、魔力量によって掘れる量は変わってくるけど」
「マーニさん。その魔法は岩が硬くても大丈夫なんですか?」
「多分、大丈夫だと思うけど、やってみないことにはねえ」
二人の頬に赤みが差してくる。魔力にそんな使い方があることを知らなかった二人は、それに一筋の光明を見出した。
先日、マーニの魔法院で適性を調べると土魔法が使える人が5人いると分かった。しかも一人はあのルカスだというのだ。
「あのルカスさんっていう人、かなりの魔力量だよ。ずっと土と格闘してきたから、その扱いに長けてるんだろうねえ。あと、4人は若い子たちだよ。興味本位でやって来て、自分に適性があるってわかったら嬉しそうだったね。きっと、そんなに魔法を使えるかなんて調べることもなかっただろうし」
自分が副学院長だった頃を思い出すのか、マーニはやや苦い顔つきになる。
「マーニさん。その人たちに作業を依頼できないでしょうか?」
オイゲンは目を輝かせる。これは港のみならず自分の水道づくりにも大いに役立つ。どうして、それが今まで広がらなかったのだろうかと二人は疑問に思う。
「それはねえ貴族が魔法を独占していたからさ。一般の人は魔法で解呪などを依頼することはあっても、習おうなんて思う人はそんなにいなかったし、お金もかかったからね」
「じゃあ、すぐにでも作業にかかりたいんだけど」
「わかった。5人に声をかけとくよ。3日後の昼に魔法院に来てくれるかい?」
そう言うとマーニは静かにアイシャの店を出て行った。
「よかったね。悩みが解決した?」
アイシャの言葉にオイゲンは何度も何度も頷きながら、ディーヴァの肩を荒々しく叩く。ディーヴァもオイゲンの腹を拳で叩き続ける。
「アイシャさんのおかげだ。本当にありがとう」
「わ、私なんか、何にもしてないよ」
恥ずかしそうに笑ったアイシャは、カップの後片付けを始める。二人は何度も何度もお礼を言いながら、アイシャの店を去って行った。
テーブルの上には通常の10倍のチップが置かれているのだった。
§
約束の3日後にディーヴァとオイゲンが馬車を2台準備し、レオンシュタインとティアナを乗せてマーニの魔法学院に走る。門の所でマーニと5人が待っていて、馬車に向かって手を振っている。挨拶もそこそこに、全員が二つの馬車に乗り込み、ブローガング海岸まで移動する。
強烈な磯の香りを感じながら馬車を降りると、柔らかな海風が全身に吹いてきた。全員の前に大海原と切り立った崖が広がる。
「ここに港をつくるんだって? 凄えなあ」
頭をかきながらルカスは、その壮大な計画に感動していた。
「つくるのはルカスさんたちだ。それにしてもルカスさん、魔法ができるとは知らなかったな」
「俺も知ったのは最近さ」
ルカスとオイゲンは話しながら崖に近づいて行き、他のメンバーも波の音を聞きながら後をついていった。作業現場は左手に海、右手に垂直の崖がそびえ立っていた。山の高さは一番高いところで100mを優に超えているように見える。
「マーニさん、本当にこれが削れるんですか?」
足で崖を蹴りながらオイゲンは半信半疑の様子だった。とてもではないが硬すぎて削れそうもない。マーニはにっこりしながらルカスを手招きする。
「じゃあ、ルカスさん。やってみてください」
「おう!」
崖の前に立ち、長手を前にかざしてルカスが呪文を唱えると、崖の一部がぼんやりと白く光り始める。その大きさは50cmほどに広がり、やがて元どおりに小さくなっていく。その崖からは、石が燃やされるような焦げ臭い匂いが微かに漂ってきた。表面に大きな変化は見られない。
「オイゲンさん。光っていた場所を掘ってみてください」
スコップで恐る恐る岩のあたりをつついてみると、スコップの先がザックリと音を立てて岩壁にめり込む。
「お!」
さらに押し込み、オイゲンは詰まっていた小石をかき出す。2cmほどの小石が、ギャリギャリと音を立てて足元に落ちていく。岩壁は50cm程度の半円状に削れていた。
「こりゃ凄い!」
ルカスは続けて3つほどの穴を開けると、そこで魔力が切れてしまった。他の若者たちは大体20cmほどの穴を2つ空けると、そこで魔力が切れてしまっていた。崖には1mほどの穴が開いただけに終わった。




