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追放された貴族の三男。得意なバイオリンの音色が美人さんや有能配下を引きつけて、気がついたら巨大王国と大戦争をしてた件について  作者: ちくわ天。


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第23話 初めてのミニコンサート

 王国歴162年9月10日 朝の7時 教会の前にて――


「え!? こんな早く?」


 教会の門で出迎えたシスターは驚きを隠せなかった。コンサートは10時からの約束なのに、今は朝の7時。朝食が始まる時間だというのにレオンシュタインは全く気にしていない。


 シスターに案内されて教会の中に入ると、礼拝堂は60人くらいが座れそうなベンチが設置されていた。正面にはマリア像が据え置かれ、三人は像の前でお祈りを済ませておく。


 講堂には10人は座れそうな長椅子が5つほど準備されており、前にわずかばかり高くなっているステージが見える。


「それでは、後ほどよろしくお願いします」


 簡単に打ち合わせを済ませると、シスターは教会の裏の畑に戻って毎日の勤めに戻っていった。


「じゃあ、これからやってほしいことなんだけど」

 

 レオンシュタインはイルマにクッキーの購入を依頼し、それを入れる籠の準備をティアナにお願いした。イルマはすぐに街への買い出しに出かけ、ティアナはシスターへ籠のありかを尋ねにいく。その間にレオンシュタインはバイオリンを取り出し、調弦を始めていた。練習とは思えない音が周囲に響き始め、教会だけではなく遠くの山々まで響いていくのだった。


 時間になると20名の子どもたちと共に、いつも教会に来ている30人の大人たちが三々五々やってくる。教会の椅子は全て埋まり、シスターは追加の椅子を後ろにいくつか準備しなければならないほどだった。


「みなさん、は、はじめまして。ぼくはレオンシュタインっていいます」


 自己紹介をしながら、レオンシュタインは子どもたちの方を見つめる。擦り切れた服を着た子どもたちが、興味津々といった目でレオンシュタインを見つめて返している。


「今日はみなさんと出会えて本当に嬉しいです。自分のバイオリンを聴いてもらえるなんて望外の喜びです」


 その言葉を聞いた座席の中から「ひゅう」という口笛が聞こえてくる。嬉しくなったレオンシュタインは、早速、演奏をスタートさせることにした。


 ただ、その内容は一風変わっていた。


「これから動物を想像して演奏するよ。何の動物か当てて」


 笑顔でフレーズを弾くレオンシュタインを見ながら、子どもたちは可愛らしくうなずいている。目の前に動物が走り回っているような音色に、子どもたちだけではなく大人までもが目を見張ってしまう。


「分かった。犬!」

「当たり!」


 犬が気持ちよく走り回っている光景が目に浮かんでしまうほどの演奏だ。


「じゃあ、次は」


 鳴き声のような演奏に子どもたちよりも先に大人たちから答えが出されてしまう。


「カラスだな!」

「その通りです」


 正解をもう一度弾くと会場の人たちに夕暮れのカラスが鳴く様子が目に浮かぶ。


「すげえ。バイオリンって、いろんな音が出るんだな」


 子どもたちは興奮して目を輝かせている。それを見たレオンシュタインは、引き受けて良かったと心から思う。自分のバイオリンがこんなに誰かを喜ばせるなんて思ってもいなかったのだ。


「では子犬が踊っている曲を弾きますね」


 子どもたちは楽しそうに聴いているけれど、大人たちはその音色に圧倒され口が開いたままになっている。


(レオン。すごいね)


 レオンシュタインの才能を信じていたティアナだったが、目の前に広がる光景を見て自分の思い以上に凄いんだと思わされる。曲が終わると教会の中は大きな歓声と拍手に包まれていた。


「こりゃ、すごい! 子どもだけじゃなく大人の私たちにとっても素晴らしい演奏だ」


 子どもたちからも素直な感想が伝えられる。


「すっごく綺麗な音」

「音楽ってこんなに楽しいんだ」


 子どもたちの笑顔を見てレオンシュタインは満足そうにバイオリンを肩から下ろした。


「じゃあ、ちょっと休憩します。お菓子を食べながら待っててね」


 控室に戻り、さすがに疲労を感じたレオンシュタインはドカリと椅子に腰掛けてしまう。次の本格的な演奏のため調弦をしておきたいが、子どもたちはそれを許さない。


「ねえ、お兄ちゃんは少し休みたいと思うよ。みんな、向こうで待ってて」


 優しくイルマが話すけれども、みんなは知らないふりだ。ペタペタとレオンシュタインにくっついて話をしたいし、頭をなでてもらいたい。こんなに褒められたり、話を聞いてもらったりすることは滅多にないのだ。膝にかじり付いて甘えるなんて初めての子もいるに違いない。


「いいよ、イルマ。大丈夫」


 汗をかいたまま、一生懸命答えたり、頭をなでたりする。


 ただ、さすがに長すぎたと思ったのか、シスターが子どもたちを迎えに来てくれた。ようやくレオンシュタインはベンチに身体を横たえ、ティアナから濡れタオルを受け取って顔にのせる。


「後半は、讃美歌320番『主よ御許に近づかん』と、ケッセルリンクのバイオリン協奏曲をやろうと思う」


 ケッセルリンクは難曲が多く、特にこの協奏曲は超絶技巧が必要だ。けれども、曲の美しさもまた比類がないのだった。


「レオン、素晴らしい演奏を期待してる」

「主、素敵な演奏だった。楽しみにしてる」


 明るい声でティアナが激励し、イルマも感動に潤んだ目で応援してくれた。


「分かった、最後まで全力で演奏するよ」


 ティアナとイルマに向かって宣言し、ベンチから身体を起こす。バイオリンの準備をし、ゆっくりと会場に歩いていく。そこには始まるのを今か今かと楽しみに待っている多くの観客がいた。


「あっ、お兄ちゃん」

「頑張れえ」


 子どもたちの声援が響き渡る。笑顔でそれに答えたレオンシュタインは、ゆっくりとステージの真ん中に立った。


「ここからは第2部となります。演目は賛美歌320番とケッセルリンクのバイオリン協奏曲です。楽しんでください」


 そういうとレオンシュタインは賛美歌320番を弾き始めた。


(本気だ)


 先ほどの演奏とは音の美しさが違うとティアナはすぐに気付く。今は演奏家として、そして神への祈りのために真剣な顔で弾いている。たどたどしく子どもたちが賛美歌を歌っている時だけは笑顔になる。


 少しずつ熱を帯びてきたレオンシュタインの演奏は、賛美歌を歌う人たちの心を打った。


 いつも孤児院に来ている年配の方は、子供たちの歌とレオンシュタインの演奏で、すぐに涙を拭き始める。若い人たちはぎゅっと目を瞑り、神への祈りを真剣に捧げていた。


 レオンシュタインの本気の演奏を初めて聴いたイルマは、その音色に圧倒されてしまった。


(自分が好きになった人は、こんなにも素晴らしい才能を)


 演奏しているレオンシュタインはいつもよりも大きく見える。それどころか、堂々として一流の演奏家のようだ。レオンシュタインへの想いをますます深めるイルマだった。


 子供たちも最初は大きな声で歌っていたものの、次第に美しい声で歌おうとする。そのため、合唱がますます美しく盛り上がる。最後の「アーメン」の部分は全員の声が一つとなって孤児院内に響き、とても感動的な空間が広がっていた。


「とても素敵な歌でしたね」


 レオンシュタインが賞賛の拍手を送る。ティアナやイルマも赤い目をしながら、やはり拍手を続けていた。教会内の拍手は山々に木霊するかのように、ずっと鳴り続く。


「最後にバイオリン協奏曲を弾きます。ちょっと長いけど、お付き合いください。子供たち、気持ちよかったら目をつぶってね」


 講堂内に緊張が走っている。オーケストラと一緒に演奏する曲をたった一人でやろうというのだ。レオンシュタインの顔は厳しくなる。


 そこに別のバイオリンの音が聞こえてきた。


(これは、オーケストラの部分)


 その音の方を見ると、シスターがバイオリンを弾いている。なかなかの腕前に、子どもたちは大きく口を開けている。


(よし! これで)


 もっと素晴らしい演奏にできることに喜びを隠せない。やがてバイオリンの独奏部分がやってきた。


(全力で弾く!)


 最初の一音で講堂内に緊張が走る。静かな曲想で演奏は難しいはずなのだが、レオンシュタインは涼しい顔で演奏していた。とても2人で弾いているとは思えない重厚な音が教会に響き渡る。


 子供たちはお腹が一杯になったのと、美しい音楽で頭をがくんと下に落としては、はっと気がつき前を向く。その様子が可愛らしいのか、レオンシュタインの演奏がますます心に響くような音色になる。


(さあ、つぎは一番、美しく)


 叙情的なバイオリンの音がそれぞれの心の中で大きく響く。シスターは合わせようと一生懸命弾き、掛け合いがますます美しくなる。口を押さえたティアナは嗚咽を防ごうと格闘していた。観衆の三分の一は涙を拭おうともせずに、レオンシュタインの演奏を食い入るように見つめていた。


(世の中にはこんなに美しい音があるのか)


 驚きを隠せないイルマは自分が初めて感じる感情に戸惑っていた。


(生きていて良かった。……本当に良かった)


 生きる喜びが美しい音色で表現されている。演奏はすでに30分を越え、最後の掛け合いの部分に入る。


(これで終わりか……残念。でも、いい音が出せたなあ)


 最後のパッセージは高音から低音までの移り変わりが特徴的で、超絶技巧を必要とするのだがレオンシュタインは軽々と弾いてしまう。


 最後の音が消えた瞬間「ブラボー!」の声が孤児院に響き渡った。


 全員が椅子から立って、大きな拍手をする。涙を隠そうともせず、ひたすら手を叩き続けている。


 子どもたちもその様子を見て、たどたどしく、


「ブラボー」


 と、大きな声を上げているのが微笑ましい。


 レオンシュタインはその様子が何よりも気に入ったようで、ずっと子どもたちに目線を注ぐ。


 鳴り止まない大きな拍手が、小さな孤児院にいつまでもいつまでも響くのだった。

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