第22話 イルマ、警戒中
王国歴162年9月9日 16時頃 キースバッハの門にて――
「良かった。明るいうちに着きました」
二人の背中を手で押しながら、ティアナは早く入るように急かしている。小さな町は暗くなると門が閉まってしまうことが多い。門番にお金を支払うと、レオンシュタインは大きく手を上に伸ばしながらキースバッハの町へ入っていく。
教会の近くにある赤と白で彩られた高さ20mくらいの棒が3人の目に入る。先端にはキースバッハの旗が掲げられて、その下には青や紫、緑と黄色など、様々な色が美しい10個ほどの紋章が並べられている。
「レオン、何これ?」
「僕も分からないな」
「主、キースバッハの貴族の旗じゃないの?」
ぎこちない会話が減ってきて、一緒のパーティーという意識が高くなってきたことをレオンシュタインは感じる。あれこれ好きなことを話す2人の聞き役にまわり、楽しい旅にしたいというレオンシュタインの願いは変わらない。
会話が途切れた頃、レオンシュタインは祈りを捧げに教会に行くことを2人に宣言した。祭壇の前にひざまづいて祈りを捧げ、その途中、レオンシュタインは横目でちらっとイルマを見て、さらに真剣に祈るのだった。
(神さま、ありがとうございます。確かに痩せることで隣にいるイルマさんと出会いました。ティアナ……は、違うか。これからも感謝を忘れず、きちんと体重を減らします)
真剣に祈る姿に不自然なものを感じたのか、ティアナとイルマはいぶかしげに見守っている。祈りを済ませてから、入口のシスターにおすすめの宿屋がないか尋ねる。
「教会の近くだと仔馬亭がオススメですね。平屋の可愛い宿ですよ」
せっかくシスターが教えてくれたのだからと3人はその宿に行くことに決める。歩いて3分もしないうちに緑色の壁がお洒落な仔馬亭が見えてきた。窓が多く明るい印象を受ける。
受付で銀貨1枚と銅貨50枚を請求されたレオンシュタインは、その安さに驚く。首都クロートローテンと比べ物価が安いとは聞いていたものの、場所が変わるとこれほど値段が変わることにレオンシュタインは興味をもった。
空いている部屋は1つしかないと言われたので、また3人が同室で泊まることになる。
「さすが主。私たち、同室が当たり前の関係なんだね」
モジモジしながら横を向き照れているイルマに向かって、ティアナは冷たく「それは、ないから」ときっぱりと否定する。一番奥の部屋に着くやいなや、レオンシュタインとティアナはバイオリンの練習に出かける準備を始める。疲れていたとしてもレオンシュタインは必ず4時間の練習をすると決めている。
「イルマはどうするの? 行く?」
気さくに声を掛けるティアナの優しさに感謝しつつ、イルマはゆっくりと首を振った。
「ん、わたしはやることがあって。ごめんね」
二人は準備を済ませると、練習場所を探しに宿を出ていった。残留を希望したイルマは窓から手を振って二人を見送ると、部屋の安全を確認し始める。
(魔法のたぐいはないようだね)
次に宿屋の中をブラブラしながら宿泊客の様子に気を配る。
(私たちの他に泊まっている人は6人。特に怪しい気配はない)
宿の主人と笑顔で話しながら周囲への警戒は怠らないイルマだった。
その後、宿の外に出て宿の周辺を歩き始め、店の品物を冷やかしながら周囲の様子を確認する。
(どうやら、大丈夫……か)
ようやく警戒を解いて部屋に戻り、仮眠を取ることに決める。
(あの二人より、私は世界を信用してないからね)
鍵を掛けるとベットに身体を横たえ、すっと目を閉じる。目を閉じても完全に眠ることはない。傭兵時代の因果な癖。そうしないと生き残れなかったのだ。
暗い視界で身体をリラックスさせる。これで疲れはとれるとベッドの上で仮眠を取り始める。
2時間ほど経った頃、カタカタンという音でイルマは目を覚ます。部屋に誰かが近づいている。音を立てないようにドアの側まで歩き、剣を抜いたまま扉の横に身体を潜める。
扉がノックされた後、イルマは緊張しながら名前を尋ねる。
「イルマ? 早く開けて」
ティアナの声であることを確認し、ようやく安堵のため息をつく。音を立てないように剣を鞘にしまい、二人を出迎えるためにドアを開けたのだった。
「お帰り~」
疲れた様子のティアナに比べ、なぜかレオンシュタインの目が輝いているとイルマは気付く。
「レオン。いいいことあったんでしょ。このイルマさんにも教えてもらいたいな」
「喜んで!」
レオンシュタインは2人を誘って、すぐに食堂へ向かう。食堂には誰もおらず、すぐ近くのテーブルに腰掛ける。それと同時に皿に載せられたチーズが運ばれてくる。
「じゃあ、何があったのか教えて」
黄色のチーズに手を伸ばしながら尋ねるイルマに、二人は先ほどの出来事を順を追って説明し始めた。
――――
教会の側で練習をしていたレオンシュタインの近くで、ずっと演奏を聴いている老婦人がいて、練習が終わる頃に子どもたちのためにバイオリンを弾いてくれないかとレオンシュタインに依頼があったのだそうだ。
老婦人は教会のシスターでアーベルと名乗る。
「シスターの頼みなら喜んで承ります。ただ、どういった事情でしょうか?」
それを聞いたアーベルは悲しそうに理由を話し始めた。
「うちの教会は孤児院を併設しています。けれども運営資金が少なく食べるだけで精一杯で、子どもたちが美術や芸術に触れる機会が極端に少ないのです。美術品を見る機会はなく、演奏してくださる方もありません。そもそも、お金にならないことをしようとする人がいないのです」
すでに目を赤くしながらレオンシュタインは話に聞き入っている。
「がっかりして、ここで休んでいたんです。そうしたら川の側で素晴らしい音色のバイオリンを弾いている方がいるではありませんか。この方なら、きっと子どもたちに音楽を聴かせてくれると思ったのです」
「どうか演奏させてください!!」
間髪を入れずに、レオンシュタインは演奏を願い出た。
「えっ?」
依頼する前に了承されてしまったためシスターは二の句が告げない。
「子どもたちは何人ですか?」
「20人です」
観客の人数を確認したところでレオンシュタインは一番気になっていたことを確認した。
「でも、シスター。私は全く無名な演奏家ですが、いいのですか?」
「もちろんです。あの音色は高名な音楽家しか出せない音ですよ」
きっぱりとシスターに断言してもらいレオンシュタインは嬉しくなる。
「では、明日10時に子どもたちのために演奏します」
――――
数時間前にあった出来事を詳しく聞かせると、イルマも嬉しそうな顔になる。
「へえ、楽しそうじゃん。いい演奏会になるといいね」
「うん」
「じゃあ、早く食べないと」
素早く夕食を済ませるた3人は、すぐに眠りにつく。
3人とも胸を高鳴らせたままキースバッハの夜は過ぎていくのだった。




